「息もできない」 ヤン・イクチュン

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ゴダールの歴史的不朽の傑作『勝手にしやがれ』の英語タイトル"Breathless"と同じタイトルである。大胆不敵である。ゴダールの『勝手にしやがれ』は映画で軽やかにパリの街を疾走してみせた。その疾走感たるや時代を超えて瑞々しく、J=P・ベルモンドとジーン・セバーグのテンポ溢れる会話が小粋でカッコよかった。そして、疾走の果ての虚無=死。その刹那的な生き様に時代が共感した。即興演出、同時録音とロケ撮影で捉えたリアルなパリの街の描写が今でも鮮烈に残っている。

さて、この『息もできない』には、そんな軽やかな疾走感などまるでない。どちらかというと不器用で沈み込む暴力の映画だ。暴力をふるうことでしかコミュニケーションができない男サンフンを監督でもあるヤン・イクチュンが好演している。その存在感がこの映画の魅力だ。まるで北野武のようでもある。

しかし、彼の暴力は、北野武のような虚無的な暴力ではない。どちらかというとコミュニケーションとしての暴力なのだ。こういう形でしか関係を築けない男。頬っぺたや頭をペタペタと頻繁に叩きながら関係を築き、味方の手下にまでもついつい暴力をふるってしまう。彼にとっては暴力がコミュニケーションだし、言葉だ。女子高生ヨニとの出会いも暴力から始まった。暴力なしではいられない男。そして、女子高生ヨニの親もまたベトナム帰りの暴力父親だし、サンフンの育った家庭もDV家庭だった。ラストは、サンフンと入れ替わったかのような女子高生ヨニの弟に彼の暴力は引き継がれる。つまりこの映画、どこもかしこも暴力だらけなのだ。殴る音がこの映画の通奏低音だ。

そして思ったのは、韓国映画は血が濃いということだ。儒教の国のせいか、家族・兄弟などの親族の絆が強いのだ。求めているものが強い分だけ、愛情の裏返しとしての憎悪を強くなる。サンフンの父へのあれだけのストレートな憎悪に僕はたじろぐ。それだけ求めている愛情が濃く、強いのだ。日本人はそこまで強く愛憎を表出しない。もちろん親子関係が人間の愛情形成の基本であることは、洋の東西、どこの国でも同じことだ。ただ、その愛憎の表現の仕方が国や民族によって違うのだ。韓国映画のその激しいストレートさに、日本の暴力映画とは違う質を感じてしまう。日本の関係はもっと冷めているような気がするのだ。

ただこの映画はとてもシンプルなラブストーリーだ。女子高生ヨニがなぜ、あんな風に暴力的なヤクザ者サンフンに最初に惹かれるのかが、いまひとつ納得できないが、サンフンの存在感とともに、ぐいぐいと観客は引き込まれていく。サンフンに魅力を感じていくのだ。サンフンがヨニに惹かれるのはよくわかる。ファーストシーンで、殴られっぱなしの女に過去の母親を感じ、唾を吐きかけられて殴り返してきたヨニにサンフンは興味を持つのだ。夜の漢河での涙のラブシーンは感動的だ。この映画では言葉は意味を持たない。借金取り立て仕事をやめる決意をした途端に殺される悲劇は定番の落とし方でもあるが、うまくまとめている。

そしてこの映画は、ラストのヨニの弟の変貌ぶりが印象的だ。一線を越えてしまった暴力マシーンと化してしまった弟がこちらの世界に戻ってくることはあるのだろうか?サンフンと同じように「死」しか待っていないのか?暴力の連鎖はとめどがないことを告げている。暴力は人間の根源的な衝動でもあるのだから。戦争や時代や経済や環境が暴力を現出させ、そしてそれは形を変えながら愛を見失った歪んだ欲望として、つながっていく。

監督・脚本:ヤン・イクチュン  
出演:ヤン・イクチュン、キム・コッピ、イ・ファン
英語題:Breathless/2008年/韓国映画/130分

☆☆☆☆4
(イ)

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