ジャック・ロジエ 輝きと躍動 「オルエットの方へ」

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タルコフスキーやテオ・アンゲロプロスやビクトル・エリセのような完璧な映像世界、宇宙、映像詩を作る監督たちがいる。そこには一分の隙もない計算されつくした世界がある。我々はひたすらその世界にひれ伏すのみだ。その世界にどっぷり浸かることで、その宇宙を体感する。その深さといったら凄まじい。

そんな映画監督たちの宇宙と対極にあるかのような映画が、ジャック・ロジエの映画だ。深さと対極の浅さ。深遠さではなく表層性。ロジエの登場人物たちは、何も語らない。意味のある台詞はほとんどない。テーマ性や社会性、時代性などほとんどない。あるのは南仏の海岸であり、青春の一場面だけだ。女の子たちの姿があり、たわいもない笑い声と台詞ともいえないようなおしゃべりがあるだけだ。

しかし、ここにも計算されつくした演出がある。彼はほとんど同じ映画を撮っている。「アデュー・フィリピーヌ」も「オルエットの方へ」も基本的には同じ映画だ。同じ映画を作り続けたという意味では、そのスタイルは、エリック・ロメールに似ているが、ロジエに出てくる女の子たちは、ロメールの映画に出てくる女の子たちほど理屈っぽくもなく、内省的でもない。軽やかに無駄話をし続けている。軽やかに笑い続ける。そして突然不機嫌になったりする。まぁ、どこにでもいる普通の女の子たちだ。特別な際立った存在ではない。それで、映画になるところが凄いのだ。ジャック・ロジエの映画は、まさしく映画そのものだ。映画の背景にあるテーマでも社会性でもメッセージでもない。映画そのものの輝きを、運動を、躍動を描いている。

その撮り方は、アメリカのインディーズ映画の父、ジョン・カサヴェテスに少し似ている。ドキュメンタリーのようなホームビデオのような撮り方。意味ではなく、人間そのものを描こうとしているのだ。その笑い、その声、その身振り、その動き、その表情、その躍動。これだけリアルな女の子たちをフィルムの中に現出させた演出力には、ただただ驚かされるばかりだ。

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「オルエットの方へ」は、3人の女の子たちのバカンスの映画だ。南仏の西海岸の海辺の田舎町で過ごすバカンス。ただなぜか9月という少し寒くなりかけた海辺。にぎわっているリゾート地ではない。そこで、彼女たちはひたすら笑い転げる。「箸が転がっても笑う」ように、砂浜を重いスーツケースを運びながら、木靴をはいて踊りながら、おばぁちゃんの「おまる」を見つけて頭にかぶっておどけながら、ダイエットをしているのにエクレアを口いっぱいにほおばりながら、そして「オルエット」という地名を巻き舌で発音するだけで、彼女たちの笑いは止まらない。この笑いをとても自然な表情として演出しているところがまず凄い。これは芝居の台詞ではないのだ。まさに、バカンスに遊びに来て楽しくてしょうがない3人の女の子たちがそこにいるのだ。

最初の方では、3人の女の子たちの区別がつかない。誰が誰だか、キャラクター設定さえないのだ。ただただ無意味に無駄に笑い転げる3人の女の子たち。それをホームビデオのように撮りながら、ついていけない観客がいい加減呆れ始める頃、一人の男が登場して、物語がやっと始まる。女の子の一人ジョエルのことが好きで、ストーカーのように追いかけてきた同じ会社の男ジルベールが突然現われる。女の子たちは3人で、この男をからかい始める。笑いは時に意地悪な悪意へと変わったりもする。海が見えるテラスでのバカ騒ぎの悪ふざけ。オルエットの方にカジノがあるというので、みんなでめかしこんで行ってみるが、あったのは田舎の寂れた店。そこでまた笑いが起こる。こんなたわいもないシーンが面白いのだ。ちょっと、ジム・ジャームッシュの「ストレンジャー・ザン・パラダイス」を思い出すような無意味さだ。しかし、ここでの女の子たちにはそんな退屈さや虚無感さえもない。屈託のないどこにでもいる女の子たちの明るさだ。

物語は、ヨット乗りの2枚目パトリックが現われてから、関係が微妙に変わっていくあたりが面白い。これは「アデュー・フィリピーヌ」と同じ。双子のように仲の良かった女友達が、同じ男を好きになって関係がギクシャクしてきたように、女3人が、男2人が現われたことで、恋愛と嫉妬が絡み合い、関係が変化するその微妙な感じが実に見事に描かれる。ヨットシーンも乗馬シーンもやたらと迫力があり、停滞していた3人の笑いの前半から、後半は加速がついていく感じだ。浜辺でヨットを運んでいた車輪に乗って、遊ぶシーンなどすごくいい。そのシーンに意味などないのだ。躍動があるだけだ。

そして、ジルベールが釣った魚で料理をするシーンが延々と描かれる。パトリックとヨットに行ったまま帰ってこないカリーンを待つ2人は、不機嫌になっていく。そんなことも感じないままひたすら料理に没頭するジルベール。翌日、ついに怒って帰ってしまったジルベールに対して、「私たち、彼のバカンスを台無しにしちゃったのよね」としんみりするシーンもなんだかいいのだ。バカンスの終わり方もなんだかせつなくて寂しくていいのだ。祭りのあとのような寂しさ、はかなさ。

フランス人にとって、バカンスは一年に一度の楽しみ。バカンスのために11ヶ月働くというのも驚きだが、この映画は、そんなひと夏のバカンスを描いただけの映画だ。そこに何も意味がない。あえて言えば青春の光と影?女の子たちの若さという無敵ぶり、無意味な笑い、他愛もない悪ふざけと意地悪、そして恋と嫉妬があるだけだ。

それでも、これはまぎれもなく映画なのだ。時間は一過性のものであり、時とともに関係は変わっていく。しかし、女の子たちがこの海辺で過ごしたこの夏は、永遠にフィルムに刻み付けられ、その輝きは時代を超えて失われない。この躍動と輝きを捉えたカメラにこそ、映画そのものの輝きがあるのだ。


1969-70年/フランス/161分/ 35mm /カラー/1:1.37
脚本・台詞:ジャック・ロジエ
助監督:ジャン=フランソワ・ステヴナン
撮影:コラン・ムニエ
録音:ルネ・カデュー
編集:ジャック・ロジエ、 オディール・ファイヨ
音楽:ゴング/デイヴィッド・アレン、ジリ・スマイス
製作:VM(ヴァンサン・マル)
出演:ベルナール・メネズ(ジルベール)、
ダニエル・クロワジ(ジョエル)、
フランソワーズ・ゲガン(カリーン)、
キャロリーヌ・カルティエ(キャロリーヌ)

☆☆☆☆☆☆6
(オ)
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tag : 青春 ☆☆☆☆☆☆6

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No title

この映画観てはいないのですが、解説を読ませていただいてふと思いました。
これはきっと小説にはできないだろうなあ、と。
映像の不可逆性でしょうか。その意味で、たしかに「映画そのもの」。
どこかで観れないか、さがしてみます。
素敵な映画を紹介してくださって、ありがとうございました。

No title

チキウさん、書き込みありがとうございます。
ジャック・ロジエ、是非観てみてください。DVD出ているのかなぁ~。

彼の映像は、ある種のドキュメンタリーのようです。日本で言えば、テレビの映像詩の佐々木昭一郎に近い?いや、彼の映像は計算されているからちがうかな・・・。是枝監督の『誰も知らない』の子供たちが近いかも。きっと、映像を撮るにあたって、長い時間を役者と過ごしていると思います。素人に近い役者たちの自然で瑞々しい瞬間の振る舞いをカメラに収めることに成功しています。たぶん、子供たちや若い女性たちだからこそ、ここまで自然に描けたのかもしれません。ジャック・ロジエは撮影が遅いので有名だそうです。

チキウさんのブログは時々読ませていただいております。とても真摯にものごとを考えていらっしゃって、参考になります。また、そちらにもお邪魔します。

恐れいりました

あまりに的確な解説、感激しました。
サイドバーの監督一覧、あまりにもズッポリハマっています。

2年ぐらい前に京都で初めてジャック・ロジエを観て、すぐさま一番好きな監督(の一人)に追加しました。
なんでもっと評価されないのか不思議。

もうじきカサベテス・レトロスペクティブが始まります。
約20年前とほぼ(全く?)同じラインナップですが、高校生の頃に受けた衝撃を今、どう感じるか、楽しみにしてます。
関係ない話で恐縮です。
文章の構成力や知識量で圧倒的に劣りますが、私も少し映画のことも書いてますので、何かの折にお立ち寄りいただければ幸いです。

今後もボチボチ参考にさせていただきます!(本当に左の監督の名前を見ているだけで、読むのが楽しみで幸せな気持ちになります)

ありがとうございます。

ジャック・ロジエ、いいですよね~。僕も初めて観てブッタマゲました。なぜもっと早く日本でちゃんとした形で公開されなかったのだろう?これだけ映画そのもののヨロコビに満ちた映画があるだろうか?何も考えずとも楽しめる映画なのに。もっともっと評価されていい監督ですよね。他の作品も全部観たいです。

ybjさんとは映画の好みが近いかもしれませんね。ロメールは僕も大好きです。ハリウッドの大袈裟な映画は僕はあまり関心がありません。またいつでも遊びにいらしてください。書き込みも大歓迎です。
プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

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