「蛍・納屋を焼く・その他の短編」 村上春樹

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◆『蛍』について

「何かが損なわれてしまったのだ。」

村上春樹の小説によく出てくるフレーズだ。取り返しのつかない過ち、欠損、不在・・・そして死。彼のいつものテーマだ。いつも言葉がうまく出てこない彼女が、誕生日にとめどもなくしゃべり続けた夜、主人公の僕が「あまり遅くなっても悪いからそろそろ引き上げるよ」と彼女の話の腰を折ってしまう場面だ。

「ノルウェイの森」の原型となったこの短編を再読。
それというのも先日、夏の夜、蛍を見に行ったからだ。小さな蛍の光が、僕の手に止まり、しばらくそのまま明滅を繰り返し、やがて夜空の彼方に消えていった。小さくはかなくささやかな光が。


不在(死)の彼を介した三角関係はまさに「ノルウェイの森」そのもの。彼女と彼と僕の3人で過ごした日々。突然の彼の死。そして、彼を介してつながっていた僕と彼女が再会する。言葉にできないこと。その思い。黙って歩き続けるしかないデート。そして、ちょっとした不注意やつまらない常識に捉われて、「何かが損なわれてしまう」のだ。それはあらかじめ決められたことなのかもしれないけれど、その欠損こそが村上春樹の小説なのだ。そして、何をどうすることもできないまま、季節だけが過ぎていく。

「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」

友が死んだ日から、死は自分の一部となる。あらゆるものに死は含まれていて、その生の一部として存在し、それから逃れることは出来ない。村上春樹の小説は、いつだって死を含んだ小説だ。その不在からすべてが出発している。だからこの彼の不在を経ての僕と彼女のこの小さな物語も、その不在と欠損の穴をどう受けいれ、やり過ごし、生きていくかという彼の基本テーマが端的に現われた小説でもある。

「蛍が消えてしまったあとでも、その光の軌跡は僕の中に長く留まっていた。目を閉じた厚い闇の中を、そのささやかな光は、まるで行き場を失った魂のように、いつまでもさまよいつづけていた。
 僕は何度もそんな闇の中にそっと手を伸ばしてみた。指は何にも触れなかった。その小さな光は、いつも僕の指のほんの少し先にあった。」

その「損なわれてしまったもの」は、いくら闇の中で手を伸ばしても届かない蛍の光のようなものなのだ。


◆『納屋を焼く』について

「誰も悲しみやしません。ただ消えちゃうんです。・・・ぷつんってね」

ときどき納屋を焼くことを告白する男の台詞。焼かれるのを待っている納屋。そして消失。この世に初めから存在しなかったような消失。それは、ラスト彼女の消失とも重なる。

この小説もまた僕とガールフレンドとその恋人の男の三角関係の物語だ。恋愛というようなものじゃないけれど。そして突然の消失。納屋は本当に焼かれたのか?男のたわごとだったのか?それさえよく分からない。幻想としての消失なのか?僕はその納屋の消失のイメージに捉われる。いつ納屋が焼かれるのか?納屋とはそもそも何かの喩えなのか?村上春樹の寓話性、不思議な世界観が出ている作品。本当なのか、イメージなのか?それでも消失・不在がテーマなのは同じだ。あらかじめ消失が前提になっている存在などあるのだろうか?それでも、いつかは誰もが消えてなくなってしまうことに変わりはない。

(ほ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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