「キャタピラー」 若松孝二

この映画がわずか14名のスタッフで、たった12日間で撮られたと聞いた時、驚いた。金やスタッフが少なくても、熱意さえあれば、なんでも成し遂げられるのだ。若松組のそのパワーに勇気をもらえた。やればできるのだ。しかもこの映画は、ベルリンで銀熊賞まで獲ってしまったのだから。

ただ、観る前から気が重かった。それは、この映画が人間のグロテスクなまでの醜悪さと向き合わされる映画だからだ。映画は予想どおり重かった。若松孝二は、徹底して人間の醜さを前面に押し出して観客に見せてくる。勃起する芋虫。性欲だけの肉の塊。感傷などまるでない。排尿シーンから始まって、ひたすらセックス。食べて、排泄して、欲望して、セックスして、寝るだけの繰り返しの毎日。そこには心の通わせ合いや愛情もない。快楽さえない。戦争という暴力と自らの暴力とに向き合わされる。女は肉の塊への嫌悪と軍神と奉られる夫とのギャップに違和感を抱き続ける。そして要求され続けるセックス。理不尽な現実。男は戦争の栄誉にしがみつく。

しかし映画は、後半男と女の立場が逆転してくる。女は軍神としての男を村の晒しモノにし、過去の男の暴力に復讐するがごとく優位に立ち、男は戦争での忌まわしき過去に苦しんでいく。性は逆転し、芋虫は勃起できなくなる。(このあたり、もう少し快楽を求める女の残酷さが出たほうが面白かったのに。)そして、敗戦とともに女は解放され、男は自ら果てるのだ。

寺島しのぶのノーメイクの体当たり演技はすさまじい迫力だ。すべてワン・テイクの一発勝負だったそうだが、その鬼気迫る演技に圧倒される。何よりも男が狂いだしたとき、笑いながら歌いだすシーンが素晴らしい。生身の女がそこにいる。この映画は、寺島しのぶの存在感がすべてだと言ってもいい。

何度も繰り返される男のフラッシュバック。彼を苦しめる中国の戦地での強姦シーンがやや説明的すぎてしつこいのが残念だ。そんな説明的なフラッシュバックなど無用だったろう。密室的な息詰まる関係性が微妙に変化していく二人の芝居だけで、十分見応えのある映画になっていたと思う。

若松孝二は一貫してゲリラ的に映画を撮り続けてきた。性と暴力の極北を。初期若松プロのアナーキーで密室的で暴力的な映画の数々は衝撃的だった。「壁の中に秘事」「胎児が密猟する時」「処女ゲバゲバ」「ゆけゆけ二度目の処女」「天使の恍惚」…。低予算でありながら、世界に風穴をあけるがごとく、人間の赤裸々なまでの暴力性とグロテスクなまでの醜さと対峙してきた。そして、今なお世界を挑発し続けるパワーには脱帽する。

戦争で手足を失う映画と言えば「ジョニーは戦場に行った」という映画があった。見世物として生きる屍。でもこの映画は、そんな生き残った感傷などとは無縁の映画だった。江戸川乱歩の「芋虫」も同じような内容の話だったけど、これはこの映画の原案なのかな?でもこの映画にはそこまでの文学的な倒錯性はない。もし彼女が芋虫である彼から快楽を得るまでに変わっていったら、別の意味で凄い映画になっていただろう。やや戦争での加害者意識へ話を持っていったのが、説明的になってしまったように思う。

いずれにせよ、これは単なる反戦映画ではない。人間のグロテスクなまでの醜悪さ、それは誰もが持っている暴力性やエゴや身勝手さと向き合う映画なのだ。だから、とても気が重くなるのだ。

監督:若松孝二
プロデューサー:尾崎宗子
脚本:黒沢久子、出口出
撮影:辻智彦、戸田義久
編集:掛須秀一
キャスト:寺島しのぶ、大西信満、吉澤健、粕谷佳五、増田恵美、河原さぶ、石川真希、飯島大介、地曵豪、ARATA、篠原勝之
製作国:2010年日本映画
上映時間:84分

「芋虫」江戸川乱歩


☆☆☆3
(キ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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