「悪人」吉田修一

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映画よりも以前から買ってあった原作を先に読んだ。吉田修一という作家は、物語を複眼的に多面的に描くのが巧い作家だ。「パレード」もそうだった。それは人物描写をそれぞれの立場から描きつつ、全体がパズルのように組み合わされていく。まるで映画的な編集のようだ。

この「悪人」もまたそれぞれの人物の視点から物語が語られれていく。土木作業員・清水祐一。被害者・石橋佳乃。その父親、理髪店を営む佳男。そして事件後に祐一と出会った馬込光代、その双子の妹・珠代。さらに三瀬峠で車から佳乃を蹴飛ばして置き去りにした大学生・増尾、さらにはその友人・鶴田。または祐一の祖母・房枝。
そのほか祐一の母や、祐一がファッションヘルスに通い詰めた女に至るまで、登場人物のほとんどが端役ではなく、それぞれの立場でそれぞれの心情がちゃんと描かれているのだ。主人公はあくまでも祐一であり、光代であるのだが、被害者の佳乃も父の石橋佳男にしても、祖母の房枝にしても、決して物語の主役に奉仕するための存在ではないのだ。それぞれの見栄や虚栄や孤独と寂しさが描かれているのだ。

そう、この小説の登場人物たちは、みな哀しい。ちょっとした見栄を友達に張り嘘をつき、寂しさを紛らわすために出会い系にはまり、傷つき、裏切られ、地獄へと堕ちていく。唯一の「悪人」は大学生の増尾のようでもあるが、彼もまたどこにでもいる虚栄心に満ちた男なのだ。若者たちの小さな虚栄心や孤独に比べて、大人たちの存在も哀しくせつない。特に娘を失い、大学生の増尾に復讐に行く石橋佳男の思いは読者の誰もが共感できる思いだろう。「そうやってずっと、人のこと、笑っていきていけばよか」と、憎さも吹き飛ぶほどの悲しい思いをする。その結果、彼とその妻の日常が再び動き出すのが、この小説の救いでもある。そして、祖母房枝の悪徳商法の事務所へ乗り込む行動も救いだ。「馬鹿にされてたまるか」という祖母の思い。こうした大人たちの開き直りとでも呼べる前へ向かう強さこそ、若者たちへのエールなのだ。前へ進むしかないのだ。時間を止めたままではなく、動かさなければいけないのだ。

一方、「どっちも被害者になれんたい」という祐一の思いも切ない。母から金を無理やりせびり、光代を共犯者ではなく被害者にするための行動もまた、人への優しさであり思いなのだ。

さて、この多面的な小説を映画にするためには、多くの登場人物の描写に時間を割くことで物語が散漫になることがないようもう一度、主人公の二人を中心とした物語に組み直す必要があったのではないだろうか。映画の脚本に吉田修一氏が加わったそうだが、もともと映画的な資質のある作家なだけに、小説から映画への転化がどんな風だったのか、楽しみだ。

(あ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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