「街場のメディア論」内田樹

「街場のメディア論」(内田樹著)が面白い。
メディアの末端で仕事をする人間として、耳の痛い話ばかりである。
マスメディアの凋落が言われて久しい。その主な原因を「ネット社会の進化」と「メディアの多様化」と言う言葉で片付けられがちだ。しかしこの本は、メディア本来が持っていなくてはならない批評性の欠如と無自覚な常套句による「みんなの意見」の追随、そしてジャーナリストの知的劣化と危機意識のなさを指摘している。さらにメディアだけでなく、医療・教育現場にも及んでいる過度な市場原理主義によるクレーム増加と<感謝>の欠如、さらに本来あるべきコミュニケーションの本質と経済の贈与論にまで及んでいる。大学の授業がベースになっているためやさしい言葉で書かれているが、とても奥が深い本だと思う。

以下、自分のためのメモとして気になる内容を書き出しています。



メディアがクレイマーを作る。メディアはまず被害者に加担する。被害者であることが正義であるかのようにクレームを言い続ける人々。正当化される無責任な「権利」にメディアが加担している。

メディアの存在価値は、そのメディアにアクセスすることで、「世界の成り立ちについての理解が深まるか」という問い。メディアの末端で仕事する者にとって、そのメディアへの自己批評の目を持ち続けなければいけない。問い続けること。それは厳しくも忘れてはいけない問いなのだ。

「知っているくせに知らないふりをして、イノセントに驚愕してみせる」テレビ的手法。「こんなことが許されていいんでしょうか」という常套句の演技。

まだ「知らないこと」を「知らせる」ことが、メディアの仕事。「知らなかった」では許されない。その無知なることの恥ずかしさ。

患者を「患者さま」と呼ぶ病院のおかしな構図。医療を商取引モデルで考える発想。患者は「お客さま」で、患者は医療サービスを受ける「消費者」なのか?

消費者とは最低限の代価で、最大限のサービスを要求する(最も価値のある商品を手に入れる)ことを義務づけられている。

医療サービスが悪い病院は淘汰されていくという市場原理主義の安易な発想。メディアは被害者の側に立ち、病院へのクレームばかりが増えていく。クレームを恐れて、トラブルの多い産婦人科医や小児科医が減っていく。そこには「感謝」がない、消費者である患者の当然の「権利」。教育の現場でも同じことが起きている。市場原理主義とマスコミの暴走。

「誰でも言いそうな言葉」「固有名詞を持たない言葉」常套句の垂れ流し。ネットでの罵倒も同じ構図。ほんとうに「どうしても言っておきたいこと」「真に個人的な言葉」「血の通った身体を持った個人のどうしても言いたい言葉」ではなくなっている。

メディアの凋落はその定型性。定型的な言葉遣い。「世論」を語るものだというメディアの嘘。「誰もその言責を引き受けない言葉」

人と人の争いや緊張関係が大好きなメディア。芸能人の不仲から戦争まで、メディアは争いと変化を伝える本性がある。

社会制度の劇的変化は「これから何が起こるかわからない」という不安が生まれ、「何が起きているのか知りたい」という情報へのニーズはメディアに商業的利益をもたらす。メディアが「変化を求める」ことは誰にも止められない。変化がないところにさえ、変化を求める、変化への異常なまでの固執がメディアにはある。

一方、「惰性がきいているほうがよいもの」はメディアには存在しないと同じ。報道に値するのは「ニューズ」だけ。昨日と同じままのものは報道する価値がない。「報道する価値がないもの」は存在していないように扱われるか、存在してはならないものとして扱われる。

「本を買う人」のためではなく「本を読む人」のために本を書く。

本を書くことは「贈与」だ。


「ものそれ自体に価値が内在するわけではなく、それを自分宛ての贈り物だと思いなした人が価値を創造する」

「著作物それ自体に価値が内在している」のではなく、「贈与を受けた」と名乗る人の出現によってはじめて価値は生成する。「贈与を受けたから返礼義務を負う」と宣言する人が出現するまで、贈与者は待たなければならない。

世界に新たな人間的価値を創出するのは、人間のみに備わった、どのようなものでも自分宛ての贈り物だと勘違いできる能力ではないのか。

「私は贈与を受けた」と思いなす能力とは、疎遠な環境と親しみ深い環境を取り結ぶ力。

信仰の基礎は「世界を創造してくれて、ありがとう」という言葉。
自分が現にここにあること、自分の前に他者たちがいて、世界が拡がっていることを、「当然のこと」ではなく、「絶対的他者からの贈り物」だと考えて、それに対する感謝の言葉から今日一日の営みを始めること、それが信仰の実質。

どのような「わけのわからない状況」も、そこから最大限の「価値」を引き出そうとする人間的努力を起動すること。

人間を人間たらしめている根本的な能力とは、「贈与を受けたと思いなす」力です。


以上、本の内容の気になるところを抜き出したり、メモしただけです。
さらに「自分の適性」と「贈り物」という発想について面白かったので、もう少し追記します。



本の最初に書かれていた「キャリアは他人のためのもの」という考え方がとても納得だった。

よく仕事に就いてばかりの人が「仕事が私の適正に合っていない」「私の能力や個性がここでは発揮できない」などと言うが、「仕事と適正」という考え方がそもそも間違っているという話。

「自分の適正」など、仕事をやってみないとわからない。「ポストが人を作る」と言われるように、「他者からの期待」によって人の能力は開花するのだ。「自分が何をしたいか」「自分に何が出来るか」などは副次的な意味しかないのだ。「人の役に立ちたい」と願う時こそ、人間の能力は伸びる。自分のために努力するのは、所詮、自己の欲望実現、自己満足という程度のことでしかない。「他人のために何かをすること」「他者に呼び寄せられること」にこそ、人間的な才能が伸びるのだ。

例えば、誰でも父親になるのだ。最初から父親である人なんていない。夫であり妻になるのだ。結婚してそれは初めて二人の関係が作り上げられていく。最初から理想の夫(妻)など存在するはずがない。それぞれが関係によって、役割を生きるのだ。最初から自分という役柄が決まっている訳でも、その可能性が固定されているわけでもない。あらゆる可能性は、他者によって、関係によって、引き出されるのだ。そんな話がとても納得でした。

あと電子書籍と出版物の違いについての話で、「書棚」についての考察があった。「書棚」に並んでいる本を見ることで、だいたいその人がどんな人かがわかる。それは自分が見るためのものでもあるのだ。自分がどんな人間でありたいか、その欲望として「書棚」に表れるのだ。



自分から見て自分がどういう人間に思われたいか、それこそが実は僕たちの最大の関心事だ。人と付き合う時に知るべきことは、その人が「ほんとうはなにものであるか」よりもむしろその人が「どんな人間であると思われたがっているか」に決まっている。



つまり、人が「なにものであるか」とは、「自分がどんな風に思われたいか」という願望が自分を作るのだ。そう思う。


また教育や医療、そしてメディアは、商取引のビジネスであるより以前に「贈与」なのだという考えは面白い。「贈与」というのは人類学的考え方だ。もちろん、この市場主義の世の中で、どこまでその考えから抜け切れるのか、「贈与」と「感謝」を忘れないでいられるのかは、私たち自身の考え方次第である。とても難しいことだと思う。ただ、ビジネスだけで片付けてはいけない何かが、そこにはあるのは確かだと思う。

コミュニケーションの基本は、ものそれ自体から「自分宛の贈り物だ」と思いなす能力があるかどうかなのだ。「ものそれ自体に価値が内在している」のではない。著作物だってそうだ。それを受け取り、そこに「自分宛の贈り物」として価値を見出したものが現れて初めて、その著作物が価値あるものになる。

だから内田氏は、著作権をむやみに主張しないのだという。無償で読んでもらう中から、贈り物として価値を感じた者が本を買ってくれればそれでいいのだという。著作者は、ビジネスとしてではなく、贈与者として、贈り物だと認めてもらうまで待たなければいけないと言うのだ。

著作権ビジネス花盛りの世の中で、贈与と感謝という考え方をどれだけの人が持てるのだろうか?しかし、どんな状況であろうとも、「自分宛ての贈り物」だと思う力が必要なのだ。それが見つけられない人には、人との関係が築けないのかもしれない。あるいは感謝の気持ちも。この世のありとあらゆるものを受け取る時に、「金を支払う対価としての当然の権利」と考えるよりもまず、そこに価値を自分なりに見つけ、そのことに感謝をする気持ちがないと、人と人がお互い敬意を感じ合い、支え合う関係など築けるはずがない。

損をしたくないがために文句をつけたり、クレームばかりつける人が増えるだけなのだ。

(ま)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
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