「ノルウェイの森」トラン・アン・ユン

ノルウェイ

『ノルウェイの森』は1987年に出版された。今から23年前だ。僕はこれを学生時代に読んだような気がしていたけれど、23年前ならもう働いていた。いずれにせよ、遠い遠い昔だ。

「時間だけは余ってるんだ。その時間の中で、君を眠らせてあげたいぐらいだよ」

「ねえ、あたしが今何考えてるかわかる?」

などのセリフを懐かしく思い出しながら観ました。原作どおりのセリフがあちこちで語られていました。

この物語の魅力は、<不在><失われてしまったもの>を中心とした三角関係だ。親友のキズキ(高良健吾)の不在を介して結びつく僕=ワタナベ(松山ケンイチ)と直子(菊地凛子)。2人の男と一人の女の物語。そして、直子の不在によって、結びつくワタナベと緑(水原希子)の2人の女と一人の男の物語。肝心の相手は常に失われてしまっている。そこから始まる物語だ。つねに遅れてきた存在としての関係。不在の相手と現実の相手との間で揺れる心。失われてしまった哀しみはそう簡単に埋めることはできない。それはずっと、それぞれの心につきまとう。そんな哀しみの凍てついた心が、寒い冷たい空気とともに描かれる。

印象的なのは<歩く>シーンと、雨とともに結びつく二人と、風と雪が厳しく吹きつける自然の冷たさだ。凍てついた閉ざされた心は、冷たい雪と吹きつける風がよく似合う。プールのシーンも何回か登場するが、あたたかい火が登場するのは、20歳の誕生日を迎えた直子を祝うケーキの上のろうそくだけだ。外が雨なのが、余計二人をそばに結び付けるかのようだ。直子が失われた後のワタナベが荒い海を背景に孤独に泣き叫ぶシーンも印象的に使われている。水と風と雪がいつもワタナベや直子や緑のそばにある。だからこそ、人は肌を近づけて寄り添う。

直子とワタナベが再会して、ひたすら無言で歩き続けるシーンを移動撮影で延々と写し続ける。かなり速いペースだ。直子がキズキとのセックスができなかったトラウマを告白する場面も、草原の中を朝露で濡れながら二人は歩き続ける。緑もまた、家の中で、病院で、大学で、歩き続ける。この映画の登場人物たちは、歩くことが使命であるかのように、ひたすら歩き続ける。それは決して重ならない身体。移動し続けなければいられない心。留まるときは、家とか療養所とか、ささやかに自分の殻に閉じこもれるときだけだ。そんな演出がうまかったと思う。

キャスティングに関しては、松山ケンイチはなんだかとてもよかったと思う。ナニモノでもない曖昧な存在、やさしさゆえに傷つけてしまたったり、取り返しできない不用意な一言だったり、村上春樹的登場人物をうまく体現していたように思う。一方、直子の菊地凛子についてはどうだろう?この物語は、直子と緑の対照的な二人の女性の魅力が大きな要素をしめる。僕が小説を読んでいて抱いていた直子に比べると、不安定な要素ばかりが目立ち、もう少し本来持っているところの女性としての魅力が弱かったような気がする。だから、直子の哀しみがいまひとつ胸に迫ってこない印象だ。一方、挑発的で快活で意表をついた魅力がある緑の水原希子は、もう少し押しの強さが欲しかったような気がする。トラン・アン・ユン監督の好みなのか、アジア風美女として、とらえどころのなさは魅力的なのだが、もう少し明るい快活な感じがあっても良かったような気がする。永沢の玉山鉄二は原作の魅力が描かれていなくて、単なる一面的な自分勝手なプレイボーイにしか見えなかったし、レイコの霧島れいかについては、過去の物語など省略されていたのでラストのワタナベとのセックスも唐突な感じでしかなかった。

こんな風に原作と比較して観ると、当然ながらイメージがずれてしまう訳で、別モノとして観なければ小説の映画化なんて意味はないと思うのだが、小説を読んでいない人には描写不足の不十分な面もあるし、登場人物の魅力もどこまで描けたかは微妙だ。ただ、風や雪や水などの背景と登場人物たちの振る舞いの演出は、なかなか素晴らしいと思った。

良くも悪くも<あの頃>を描いた小説であり、映画である。今より登場人物たちがセンシティブで自閉的で内省的でどこか暗い。なにせ3人も登場人物が自殺してしまう話なのだから暗くないわけがない。それを今の人たちが観てどう思うのか、よくわからない。大学の学生運動の描写や当時の服装など<あの頃>の空気をうまく描いているとは思う。とにかくそれぞれの心が<失われた哀しみ>を抱えて、冷たくひんやりとしていて、この冬に余計寒くなる映画と言えるだろう。

糸井重里や細野さんや幸宏さんがチョイ役で出てくると、クスッとしてしまった。

<追記>
この映画のいくつかのレビューを読むと、登場人物たちへの感情移入ができないまま、小説の台詞がわざとらしく、空々しい印象とあまり評判が良くない。確かに、台詞回しは小説的そのままであり、人物たちの血となり肉となっていない。僕自身も登場人物たちを遠くから眺めているような気分だった。小説では琴線に触れた物語世界も、どこかのめり込めなかった。

この映画はまさにそんな遠くから彼らを眺めているような映画なのだ。トラン・アン・ユン監督が遠くアジアから日本の小説世界を映画化しながら、日本の若者たちを遠くから描いた。しかも1960年代後半のあの時代を。僕らもその時代の彼らを遠くから眺めているのだ。雪景色や森や海などでの遠景が多用されているのも、そんな傷つけ合う彼らの心を遠くから描いている印象をもたらす。多くのフィルターがかけられているのだ。生き生きと今の若者たちを内側から活写したような映画とは程遠い映画なのだ。だから感情移入して観るのではなく、静かに遠くから彼らを見て、何かを感じる映画なのだと思う。

製作年: 2010年
製作国: 日本
日本公開: 2010年12月11日
配給: 東宝
カラー
監督・脚本: トラン・アン・ユン
原作: 村上春樹
製作: 豊島雅郎 / 亀山千広
音楽: ジョニー・グリーンウッド
主題歌: ザ・ビートルズ
キャスト:松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、霧島れいか、初音映莉子、玉山鉄二

☆☆☆☆4
(ノ)
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