「八日目の蝉」 角田光代

角田光代という人は、女同士の確執や心理を描くのがうまい人だ。一方で男はいつもまるでダメだ。まったく魅力がないダメ男がよく登場する。以前に読んだ『空中庭園』は、幸せに見える家族のバラバラな裏側をとことん冷たく描いていた。この『八日目の蝉』も母と娘、母性と子育てという女の話だ。ここに登場する男は、精子を提供する役割しか果たせない。肝心の時にはいつも逃げだし、立ち向かえないズルイ男。そんなダメでズルイ男でも、好きになってしまう女の弱さ。男と別れられずに、子供を孕んでしまう女の哀しさ。しかし、一方で母になれる強さも女は持っているのだ。

愛人である女性が、子供を盗むという衝撃的なストーリー。何も説明されないまま、子供を抱えて逃げる女の逃亡劇に呆れながらも、読者はつきあわされる。この女がなぜ子供を誘拐したのか、その思いも説明されないため、共感できぬままに。それでも、友人のところに身を寄せ、立ち退き拒否の老婆の家に上がり込み、エンゼルホームなる女性だけの奇妙な共同体で暮らすその逃亡劇に、だんだん寄り添ううちに一緒にハラハラしてしまう。そして、マスコミが騒ぎたてるようになって、さらに逃亡し、瀬戸内海の美しい小豆島でひっそりと過ごす仮の母と子の姿に、読者はやがて感情移入するようになる。

タイトルにあるように蝉の話が出てくる。薫と名付けた少女が、神社の境内で蝉の抜け殻を集めながら、蝉の一生を知る。七年土の中にいて、外に出て七日目に死んでしまうという短い蝉の一生を。

物語の後半は、犯人である女が逮捕され、大学生に成長した娘の視点で描かれる。誰とも関係を築けないままに孤独のうちに成長し、自分の過去から逃げてきた恵理菜。母も父も妹もどこかよそよそしい。本当の家族になれない壊れた家族。そこへ、エンゼルホーム時代に一緒に子供時代を過ごした千草が訪ねてくる。あなたのことを本にしたいと。次第に自分の過去のことに向き合い、千草と心を通わず恵理菜。しかし誘拐犯の女と同じように、妻子ある男性の子供を身ごもってしまう。男には迷惑だとわかっていて何も告げずに別れる恵理菜。それでも初めて私に愛を教えてくれたことに感謝する場面がせつない。そして恵理菜は、その子供を産もうと決意する。老医師の「緑のきれいなころ」に生まれるという言葉を聞いて。

小豆島で暮らした誘拐犯の女と過ごした子供時代。そこには空があり、海があり、緑があり、友達がいた。神社やお祭りやおばさんや母と思っていた人との幸福な暮らしがあった。小説は、その輝かしき美しき田舎の風景にこそ、幸福の欠片を描く。懐かしき日本の風景。母がたとえ本当の母でなくても、母と娘は、誰から見ても母と娘になっていた。幸せそうに見える本当の都会の家庭よりも。父や母が浮気をし、家族がバラバラで<がらんどう>な中身。傷ついた女性たちが集まる共同体。そこにはいびつで歪んだ関係しかない。

もし七日で死ぬことになっている蝉が八日生きてしまったら、自分だけ生き残ってしまったら、その方が悲しいのか?

「八日目の蝉は、ほかの蝉が見られなかったものを見られるんだから。見たくないって思うかもしれないけれど、でも、ぎゅっと目を閉じてなくちゃいけないほどにひどいものばかりではないと、私は思うよ」と千草は恵理菜に言う。恵理菜は、最後に誘拐犯の女、野々宮希和子もまた、八日目の先を生きているんだと思う。

運命に翻弄された女たちは、何かが壊れ失っても、母となることで、新しい光を、未来を生きられるのだ。
小豆島の濃密で幸福な風景と、都会のがらんどうの家族関係が対照的に描かれる。

(よ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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