「マイ・バック・ページ」山下敦弘

my back

1976年生まれの山下敦弘監督が、あの激動の時代1969年~1972年の事件までをよく描いたなぁと思う。元・朝日新聞の週刊誌記者だった川本三郎が巻き込まれた事件の自伝的物語を映画化した。

1971年8月21日の夜に実際に起こった「朝霞自衛官殺害事件」。東京と埼玉にまたがる陸上自衛隊朝霞駐屯地で、当時歩哨任務についていた一場哲雄陸士長が「赤衛軍」と名乗る新左翼グループに殺害された。この事件では、当時朝日ジャーナルの記者だった川本三郎が、犯人から「警衛」の腕章を受け取り燃やしていたことや、週刊プレイボーイの記者が犯人達に逃走資金を渡していたことなども判明し、両名は「犯人蔵匿及び証拠隠滅の罪」で逮捕された。

あの当時、ジャーナリストと活動家はとても近い距離だった。時代は世界変革の大きなうねりの中にあった。朝日ジャーナルも週刊プレイボーイの記者でさえ、社会を変えられると思い、活動家にシンパシーを抱いていた。

1968年、TBS成田事件というのもあった。成田空港建設反対集会の取材中、TBSドキュメンタリー取材班がマイクロバスに反対派の農婦7人と集会に使うプラカードなどを乗せて運んだという事件だ。政府・自民党からTBSは非難され、報道職員は処分された。これはTBS闘争に発展し、闘争渦中の人であった萩元晴彦、村木良彦を含めた十数名は、TBSを退社しテレビマンユニオンという会社を創立した。テレビ史においても大きな事件だった。萩元晴彦、村木良彦、今野勉著の『お前はただの現在にすぎない』という本に詳しく書かれている。かつて僕もテレビマンになる前に、この本を夢中になった読んだなぁ。

そんな活動家とジャーナリストの微妙な関係が、この映画でも描かれている。警察に犯人を引き渡すか、取材源を秘匿するかなどの事件と警察の関係、社会部と週刊誌の記者達の溝も描かれているあたりも面白い。権力を監視しチェックするマスコミの役割と、権力の側にしかいられないマスコミの限界。今回の原発報道でもその存在意義が問われているが、ジャーナリズムの問題点は、同じマスコミに所属している僕にとってもとても興味深い。

1970年、僕はまだ10歳だった。安田講堂の陥落も遠い子供の頃の記憶だ。ただ浅間山荘事件など内ゲバや連合赤軍事件は、生々しく印象に残っている。時代は変わり、社会はあの当時のショックをいつまでの引きずっていた。

僕が大学生になった頃、もう大学は静かだった。学生たちはナンパして遊ぶことで忙しかった。社会を変えようと考えているような学生はほとんどいなかった。それでも僕は、あの時代のことが気になって、いろんな本を読んだし、資料を読み漁った。黒いヘルメットをかぶってデモに行ってみたりもしてみた。しかし、社会は揺ぎ無いほど強固で、どうしようもなく、のっぺりとしていた。変えようと思ってもビクともしないような感じだった。あの頃のモヤモヤとした感じ、鬱屈と不満と苛立ちと無力感をこの映画を観て思い出していた。

松山ケンイチ演じる活動家・梅山は、とてもインチキな中途半端な男だ。革命家を夢見る幼稚なごっこ遊び。そう、当時の内ゲバを繰り返す学生たちも革命ごっこをしていたのかもしれない。革命家気取りの何もない男・梅山のような男がいっぱいいたような気もする。そして、京大全共闘議長の前園(山内圭哉)のような男も。そんな梅山のようなインチキな男でも、主人公の記者、沢田(妻夫木聡)は、CCRの「雨を見たかい(Have You Ever Seen The Rain)」を一緒に歌ったりして意気投合する。

事件後に「なんで俺はあんな男を信じたんだろう」と述懐する場面で、「信じたかっただけかもしれない」とつぶやく。彼もまた、何者でもない自分に苛立ち、焦っていた。スクープを手に入れたいという気持ちもあった。梅山は、「記事さえ出れば、俺たちは本物になれるんだ」と沢田に言う。同じ夢を見る二人。何者でもない焦りと苛立ちに、僕はあの頃を思い出して共感する。

ダスティン・ホフマンが『真夜中のカーボーイ』のなかで、最後に「I am scared.」って言いながら泣く場面のことが語られる。週刊誌の表紙モデルの女の子(忽那汐里)と『ファイブ・イージー・ピーセズ』を観たあとで、「ジャック・ニコルソンの泣き顔が良かった。私、ちゃんと泣ける男の人が好き」と沢田は言われる。アメリカン・ニューシネマでは、かっこいい強いヒーローではなく、等身大の情けない男が登場した。『真夜中のカーボーイ』のダスティン・ホフマンは僕にとっても衝撃的なヒーローだった。

この映画は、ラストシーンがとてもいい。沢田が居酒屋で泣くシーンだ。彼にとっての記者時代の原点は、貧乏放浪記を書いたあの頃なのだ。それは裸でつき合った人との出会いだった。ある意味この映画は、沢田が「泣ける男」になるまでの物語とも言える。意気がって、背伸びして、何かを掴もうとしてつかめなかった苦い悔恨。誰もいない会社で机の整理をしながら、モデルの女の子(忽那汐里)と話をする場面もいい。青春にはいつだって苦い悔恨がつきものなのだ。それは何かを掴もうとあがいた者でなければ、感じられない苦い味だ。そんな苦い涙がとてもいとおしく思い出される映画だと思う。

妻夫木君が、川本三郎をとても意識して演じていた。なんだかあんな青年だったんだろうなぁと思った。松山ケンイチの中途半端さ加減もとても存在感があった。脇役も含めてキャスティングがとても素晴らしく、山下監督の演出力はさすがでした。


製作国:2011年日本映画
配給:アスミック・エース
監督:山下敦弘
原作:川本三郎
脚本:向井康介
撮影:近藤龍人
音楽:ミト、きだしゅんすけ
美術:安宅紀史
主題歌:真心ブラザーズ、奥田民生
キャスト: 妻夫木聡、松山ケンイチ、忽那汐里、石橋杏奈、韓英恵、中村蒼、長塚圭史、山内圭哉、古舘寛治、あがた森魚、三浦友和

☆☆☆☆4
(マ)
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

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『マイ・バック・ページ』

私的な出来事がボクらの物語になる。 娯楽映画のサクセスストーリーならば、一生懸命がんばった主人公は最後に栄光を掴んで笑うのだけど。 1969年、新聞社で週刊誌記者として働く沢田雅巳(妻夫木聡)は、2年、梅山と名乗る左翼思想の学生(松山ケンイチ)と出会う。 映?...

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青春

こんにちは。
さすがの山下監督でしたよねー。
本当にラストシーンは心にしみました。
私なんかはもっともっとお気楽な学生時代をおくったので、こういうひたむきさにはついつい感動してしまいます。

No title

*かえるさん
あの時代は、特別な空気流れていたような気がします。僕は体験できなかったけど、いろんな本を読むと、やっぱり街が面白かったと思うのです。学生運動も、映画も、演劇もすべてが解体と再生を繰り返していたようにも思います。僕は随分とこの時代を憧れました。一方で、何も出来ないものたちが、あがいていた時代でもあります。

今いろんなところで、あの時代が振り返られています。それもまた時代の要請なのかもしれません。
プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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