「ポトスライムの舟」津村記久子

2008年に発表され、第140回芥川賞受賞作。文庫本になっていたので、ようやく読んだ。

契約社員として工場で働いている29歳の独身女性ナガセは、工場に貼られていた世界一周のポスターに目が留まる。その世界一周費用163万円は、ナガセが工場で働く月給の13万8千円の1年分の給料だった。

生きるために薄給稼いで、小銭で生命を維持している。そうでありながら、工場でのすべての時間を、世界一周という行為に換金することもできる。ナガセは首を傾げながら、自分の生活に一石を投じるものが、世界一周であるような気分になってきていた。



工場で働いて、喫茶店でバイトして、古い実家を修復するために費用を漫然と貯金してきた女性。ちょっと前は、発作的に腕に「今がいちばんの働き盛り」という文字のタトゥーを入れたいと考えたりもしていた。

弁当を食べながら、いつも通り薄給の明細書を見て、おかしくなってしまったようだ。『時間を金で売っているような気がする』というフレーズを思いついたが最後、体が動かなくなった。働く自分自身にではなく、自分を契約社員として雇っている会社にでもなく、生きていること自体に吐き気がしてくる。時間を売って得た金で、食べ物や電気やガスなどのエネルギーを細々と買い、なんとか生きながらえているという自分の生の頼りなさに。それを続けなければいけないということに。
 それを紛らわすための最高の特効薬が『今がいちばんの働き盛り』という考え方だった。三時の休憩の時に、トイレでその言葉を手帳に書くと、胃の中のむかつきがすっとひいていった。



時間を売って得た金で、ただ生きていることのむなしさ。吐き気。世界一周というとりあえずの目的と夢の金と時間。そんなささいなことで、ネガセは「生きる」むなしさから脱しようとする。

ここには結婚してうまくいかなくて夫の愚痴をこぼす友人や、家を母子で飛び出してきて同居する羽目になる女友達などが登場する。あまりうまくいっていない生活者たちだ。そんな女性たちのダラダラとした日常が綴られる。息苦しいまでの閉塞した日常。なんのために生きているのかよくわからなくなるむなさしが妙にリアルだ。

もう一つの短編『十二月の窓辺』もまた、会社の上司のパワハラや仲間はずれの疎外感を女性社員ツガワの目線から鬱々と描いている。これまた愚痴のような小説だ。会社の屋上で向かいの会社の窓から見えた、社員が殴られるパワハラ現場。自分と同じような疎外されている女性社員だと思ったら・・・。そんな出来事から、ツガワは何かが吹っ切れる。そして、会社を辞める決意をするまでの物語だ。ラストは会社近くに出没していた通り魔事件のちょとした結末も用意されている。なんとも冴えない等身大OLの物語だ。

酒乱暴力破滅型のダメ男を描いて芥川賞を獲った西村賢太ほどではないけれど、ダメ女の鬱々さ加減では、津村記久子もその閉塞感は似ている。なんともならない日常の壁とむなしさ。そんな描写が、どう時代の共感を呼ぶかというところなのだろう。

(ほ)
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