「映画の構造分析 ハリウッド映画で学べる現代思想」内田樹

「人間は自分が見ることを欲望しているものしか見ない」
逆に言えば、見えないことは、見ようとしたくないからであり、そこにはある抑圧がかかっている。

この本は、単なる映画批評の本ではない。「ラカンやフーコーやバルトの難解な術語を使って、みんなが見ている映画を分析する」のではなく、「みんなが見ている映画を分析することを通じて、ラカンやフーコーやバルトの難解なる術語を分かりやすく説明すること」を目的とした本である。

あらゆる物語には「構造」がある。その「構造」の数は限られている。科学もまた「仮説」というとりあえずの物語を作る。「知る」ということは、その意味がわからなかった断片の「意味が分かる」ことであり、それは「ある物語の文脈の中に収まった」ということだ。

ロラン・バルトは「作者」という概念は、近代になって発明されたイデオロギー的工作物であると考える。

作者(auteur)とは近代になってから、西欧社会が作り出したものである。作者はいまだに文学史の教科書や、書き手の伝記や、雑誌のインタビューを大きく占領しているし、自分たちの日記を通じて、自分たちの人格と自分たちの作品が表裏一体のものであると思い込もうとしている文学者自身の意識のうちに根を下ろしている。


作品の起源において、作品を中枢的に統御している「作者」の存在そのものをバルトは否定している。だからバルトは「作品」ではなくて「テクスト」と呼ぶ。

テクストとは『織物』という意味だ。これまで人々はこの織物を製造されたもの、その背後に何か隠された意味(真理)を潜ませている造られた遮断幕のようなものだと思い込んできた。今後、私たちはこの織物は生成的なものであるという考え方を強調しようと思う。すなわちテクストは終わることのない絡み合いを通じて、自らを生成し、自らを織り上げてゆくという考え方である。この織物ーこのテクスチュアーのうちに呑み込まれて、主体は解体する。おのれの巣をつくる分泌物のなかに溶解してしまう蜘蛛のように。



学生のこと、バルトのことを理解しようといろんな本を読んだときのことを思い出した。内田氏は、そんなバルトの言説を使いながら、映画こそ文学よりも一層多くの人たちが集団的に作る作者のいない「テクスト」だと強調する。そして、映画批評において「何を描きたかったのか」と質問するような<監督=神>が意図するところを解き明かす無意味さを指摘する。

映画は多次元的な空間であり、そこでは多様なエクリチュールが睦み合い、また絡み合っている。それらのエクリチュールはいずれも起源的ではない。映画は文化の無数の発信地から送り届けられる引用の織物である。


私たちはテクストを読んでいる時に、「意味のつながらないところ」「意味の亀裂」のようなものに遭遇することがある。その「意味の亀裂」を私たちはそのままにしておくことができずに、「橋」を架ける。「意味がつながらないところ」に「架橋する」ことで、話の前後のつじつまを合わせようとする。この「意味の亀裂」こそ、私たちの知性と想像力を激しくかきたて、私たちの暴力的なほどの奔放な空想と思索へと誘う「物語発生装置」なのです。

映画『エイリアン』や『大脱走』や『ゴーストバスターズ』や『北北西に進路を取れ』などを実例に、興味深い「意味の亀裂」について内田氏の解釈が展開されている。興味ある方は実際に読んで欲しいところだ。ややフロイト的精神分析のような感じもあるが、どれもユニークで面白い解釈だ。そのなかで面白かったのは、エドガー・アラン・ポウの小説『盗まれた手紙』を例に取り上げた<マクガフィン>と呼ばれる仕掛けについてだ。

マクガフィンとは「機能する無意味」あるいは「無意味であるがゆえに機能するもの」と言い換えることができます。ヒッチコックの場合、マクガフィンはしばしばスパイ映画において、「人が命がけで奪い合うもの」のかたちを取ります。密書、マイクロフィルム、暗号、鞄、メッセージなどです。観客も主人公も、映画の最後までそれが何であるかを知りません。
マクガフィンは映画の中心に位置して、映画のストーリーと登場人物の行動すべてをコントロールする強烈な支配力をもっているのですが、その正体を知ることは、映画の実質には何の関係も持ちません。ヒッチコックはマクガフィンについてこう語っています。


わたしがずっと映画をつくりつづけてきて、何を学んだかというと、マクガフィンにはなんの意味もないほうがいいということだった。体験からこのことには確信がある。


さらに抑圧さらたものは必ず代理表象を経由して物語として徴候化する。その「名づけ得ぬもの」をフロイトは「トラウマ」と名づけだ。話し手と聞き手が協力して「トラウマの内容」の「物語」を作る。そんな「トラウマ」の物語が人を癒すかについても語られる。

私たちは自分の過去について、記憶について、欲望について、おのれ自身が何ものであるかについて、宿命的に嘘をつきます。しかし、それらの「作り話」のうち、ある種の嘘=物語は私たちの症候を緩和する力を持っています。トラウマという「穴」に漸近線的に接近し、穴の輪郭をそれとなくたどり、その破壊的な効果を軽減する「阻止線」となるような種類の物語は、そのような意味において「よい物語」なのです。私たちが太古以来、物語を語って止まないのはおそらくそのためです。



そのほか、ヒッチコックの『裏窓』や小津安二郎の『秋刀魚の味』を事例に、カメラ位置について分析しつつ、視線について言及した第二章「四人目の会席者」と「第四の壁」。
アメリカ映画がいかに「女性嫌悪の映画史」であったかを分析している第三章「アメリカン・ミソジニー」も興味深い論考だ。

私たちが監督が意図したであろう映画の意味を解釈することは、映画を観たことにはならない。そこには単純に繰返される古くからある説話構造があるだけだ。何が描かれているかではなく、どのように描かれているかに焦点を当て、そこに隠れている「意味の亀裂」や「穴」を探り出し、見えない抑圧や隠された物語を見つけ出すヨロコビをあらためて教えてくれる良書だ。

(え)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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2011年映画ベスト10
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    3,「あぜ道のダンディ」
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