「トウキョウソナタ」黒沢清

トウキョウ

これは現代の日本の寓話である。ゆっくりと沈んでいく船のように、家族のそれぞれがバラバラになりながら、自らの闇と向き合っていく。それをあえて何も描かずに、ただ提示していく。なぜ?は、この映画では封印されている。

前半は、とても静かだ。家の中に窓から吹きつけてた雨を小泉今日子が拭く。そして、なぜかもう一度窓を開けて外を見る。一家をバラバラにする前兆かのような強い風を。
リストラを宣告される香川照之の会社の窓の外も強い風が吹いている。それを光と影で表現している。

朝の出勤時、住宅街で駅へと向かう人々の足早な列。リストラされた男は、ためらいながらその列に加わっていく。公園で路上生活者のための配給食に並び、ハローワークの列に並ぶ。ひたすら暗い顔をして並びながら、救いを待っているかのようだ。助けを待つタイタニックの乗客のように?

母親の小泉今日子もまた救いの手を待っている。誰か私の手を…とソファに倒れながら起き上がれずに、宙に向かって空しく手を差し出す。揚げたてのドーナツは誰も食べてくれない。真中の穴はからっぽ。

家族の食事のシーンがたびたび出てくるが、それぞれが黙々と食べ続ける。母の眼の前のソースも自分で手を伸ばしてとるように、そこに会話は成立しない。

兄がアメリカの軍隊に入る時でさえ、その理由を両親は問いたださない。父は何も聞かずに怒るだけ。母は黙って見つめるだけ。弟がピアノを習うと言い出した時も同じ。なぜ?も葛藤も、封印されている。

間抜けな泥棒(役所広司)に押し入られるあたりから、突然ドラマは動き出す。まるで別の映画が始まったかのようだ。
静かに沈みゆく船が、一気に傾き出した感じ。しかも滑稽なほどユーモラスに物語は死に向かって展開する。
泥棒に脅されて車を初めて運転する小泉今日子と役所広司のドライブシーンは、笑える。そして、行きどまり。どん詰まりの暗い海で、途方に暮れつつ、やり直すこと、生まれ変わることをそれぞれが夢見る。夫は路上でゴミまみれになりながら。

そして、一気に寓話の様相に。海の向こうに島?船?それとも闇の彼方に光?終末の果てに、何が見えるのか?家族それぞれが地獄のような闇をくぐりにけて、ふたたび家に戻ってくる。一人、また一人と。家族の食卓に戻ってくる。死んだと思った父もまたゾンビのように起き上がるのだ。

映画はここで終われたと思うのだが、さらになる希望の光を提示する。美しい光とおだやかな風とピアノの美しく幸福な調べ。

リアリティのある重いドラマではない。もちろん現代社会の閉塞感と行き場のないどん詰まりを描いている。アメリカと日本、世界の愚かな現実も。しかし、あえて詳細を何も語らずに提示するだけ。それでも、それぞれの闇の果てに、幸福な希望の光を示しつつ、現代のトウキョウの寓話は終わる。

小泉今日子は、とても好きなのだが、女優としてはヘタだと思っていた。それが、この映画ではいい。力が抜けて、無力な母を好演している。香川照之は、滑稽なほど素晴らしい。

☆☆☆☆☆5

(ト)
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テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

tag : 家族

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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