「宗方姉妹」小津安二郎

123702221089716322648_munekata01.jpg


初期の小津映画である。初期の小津作品は、意外とアクティブなシーンがある。この映画では、離婚の危機が迫ったダメ夫(山村聡)が、妻(田中絹代)を平手で何度か殴るシーンがある。葛藤を描きつつも、いつも静かに、アクションではなく役者を動かさずに、心のうちに思いを溜め込んでいる姿を淡々と描いていく小津映画にあって、こういう動的シーンがあると少し驚く。

WS000182_Rs.jpg

特にこの映画では、若き現代的なお転婆娘の高峰秀子が映画の中の<動>を担っている。彼女の明るくストレートな振る舞いは、姉の田中絹代やダメ夫の山村聡、さらに田中絹代の昔の恋人・上原謙、父の笠智衆なども含めて、考えていることをストレートに表出しない小津的な<静>的人物たちと対照的だ。舌を出したり、弁士風に口をへの字に曲げて語ったり、いきなりプロポーズを迫ったり、嫌な中年未亡人に悪態をついたり、男言葉でバーテンダーに絡んだり・・・。その現代風の妹のコロコロ変わる表情は、主題的には<変わり続ける新しさ>を表わしている。

姉の田中絹代に、「あなたの言う新しさってなに?」と質問され、「わたしは古くならないことが新しさだと思うの」と言われる。<日々変わり続ける新しさ>への空しさ。それはアメリカの影響を受けて変わり続ける時代と変わらぬ古きよき日本との確執でもある。

小津映画にしてはまだ成熟前のそんなストレートな物言いがなされる映画ではあるが、映像のカットのどこを切り取っても、一瞬で小津映画だとわかる画面構成だ。同じ方向を見続けて会話する二人。バックショットで捉える二人が歩くシーン。同じ正面のポジションからの切り返し。ローアングルで、襖や障子が奥行きのある画面を作っている部屋の構図、そして随所に入る風景や廊下。この映画では、山村聡のお気に入りの猫が効果的に使われている。

物語は、昔の恋人のことが気になりながらも、夫との結婚生活を支えようとする姉の思いを、妹が介入し混乱させつつ、まわりの登場人物のそれぞれの心に波風を立たせる。妹の高峰秀子が物語の推進役であり、それぞれの心の代弁者でもある。そして、夫婦の心に決定的な亀裂が生じ、別れることになり、昔の恋人同士が結びつくことになるかと思った途端に、夫の山村聡が心臓発作で急死する。亡くなった夫の影を引きずりながら、元恋人・上原謙のところへは行けないと、田中絹代は自分の気持ちに正直に一人で生きていくことを最後に選ぶ。

ここには、小津映画でつきまとう<孤独>がある。小津映画にたびたび登場する未亡人の原節子にも、亡くなった夫の影が染み付いており、彼女は新たな恋(再婚)をしようとしない。<孤独>を引き受けるのである。小津映画が描く孤独には、死の影が付きまとっているような気がしてならない。この映画では冒頭から、父の笠智衆の死の予告が示され、映画全編を支配しているとも言える。死の不在の影こそが、小津映画が描く<魂の孤独>なのかもしれない。

酒ばかり飲んでいて仕事をしないダメ夫の山村聡が好演している。若き溌剌とした高峰秀子と対照的に描かれ、「何もしないというのもいいもんなんだよ」と、猫ばかりいじり、行きつけの飲み屋でグダグダしている。非生産的なデカダンス・虚無ぶりに、小津もまた惹かれていることがよく分かる。彼が死ぬ前のこの飲み屋での雨のシーンがいい。それは圧倒的な雨なのだ。また、妻がやっているBarに来て、義妹の高峰秀子と、壁にグラスを投げ続ける小津映画には珍しい動的なシーンも印象的だ。ここでは、グラスが割れる映像ではなく、二人がともにグラスを投げる動作を横アングルから撮り続け、その二人の重なるアクションとグラスの割れる音、彼の乾いた笑い声で描かれる。とても見事なシーンだ。


1950年,日本,112分
監督 小津安二郎
原作 大仏次郎
脚本 野田高梧小津安二郎
撮影 小原譲治
音楽 斎藤一郎
出演 田中絹代、高峰秀子、山村聡、笠智衆、上原謙、高杉早苗、千石規子

☆☆☆☆4
(ム)
スポンサーサイト

テーマ : TVで見た映画
ジャンル : 映画

tag : 家族

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
167位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
75位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター