「秋刀魚の味」小津安二郎

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小津安二郎の遺作である。「東京物語」とともに「秋刀魚の味」は大好きな方も多い小津の代表作の一つだ。久しぶりに再見してみたが、この映画の様式美の徹底ぶりにあらためて驚かされた。

一人娘を嫁に出す父親の哀感を描いた映画という印象だったが、この映画はそれだけじゃない。身体性を奪われたとても異様な映画だ。なにしろ、ほとんどの場面が座ったままで酒を飲んでいるか、家の居間で話をするだけなのだ。こんな特殊な映画が他にあるだろうか。

場面は、会社、店、自宅、長男の団地の部屋の繰り返し。他には、同窓会の店、恩師のラーメン屋、Bar、友達の家などだ。登場人物たちが、走りだしたり、階段を駈け上がったり、怒りのままに誰かを殴ったり、掴みあったりすることもない。アクティブに動くことは全くないのだ。かつての先生・ひょうたんを家まで送ったり、結婚式後に酔ってBarまで歩く程度だ。長男の佐田啓二が同僚と打ちっぱなしのゴルフをするのが唯一の身体的運動だ。買いたくてしょうがないゴルフクラブを何度も眺めながら、家でも長男は軽くスイング練習をする。印象に残る役者の運動的身ぶりはこれくらいだ(冷蔵庫の購入とともに消費行動の欲望という未来への希望)。あとは、亡き妻に似ている岸田今日子がいるBarで、軍歌をかけながら加東大介がおどけて行進し、笠智衆と敬礼をするユーモラスなシーンがある(過去の思い出の追認と同調)。また、印象的な身振りと言えば、岩下志麻が好きだった男性との結婚をあきらめ、2階の部屋で哀しみのうちに父の方へと振り返るその姿とメジャーをもてあそぶ場面くらいだろうか(人生の哀しみと諦念)。ほとんどの場面は、酒を飲み友と語らい、会社で部下や客と話をし、家に帰り帽子や鞄を置き、座って家族と話をする…この反復だ。外ロケシーンと言えば、岩下志麻が思いを寄せている男性と電車が待つホームのシーンとゴルフの打ちっぱなしぐらいだ。ほぼ全編セットによる撮影。役者はアクションを封じられ、ただ男たちは酒を飲み、長女はアイロンがけなどの家事をしながら、話をする。

正面ショットから切り返しの会話、横並びのショット、奥行きのある廊下、ローアングルの居間。それぞれの店で、家で、板付きのまま登場人物たちの会話が繰り返される。その徹底した形式主義と様式美。初期の作品では、まだ登場人物たちの身体的なアクションがあったが、遺作となったこの映画では、徹底して動きやアクションが封じられているのだ。激しい身振りが封じられているということは、役者にとっては感情もまた表現しずらい。その動きを抑制した演出の中から、長女の封印された思いを、父親の寂しい哀感を、人間の「ひとりぼっち」さを描いているのだ。長女不在の2階の暗闇での鏡と赤い椅子や、ラストの台所で一人たたずむ父親の後ろ姿で。

親友3人のうち、不在の一人をネタに二人で共謀してだますシーンがある。笠智衆と中村伸郎が、若い奥さんで第二の人生を楽しんでいる北竜二を死んだことにして、お店のおかみさんをからかう。そして物語の後半、同じように今度は中村伸郎と北竜二が、娘の見合い話が手遅れになったと笠智衆を口裏合わせて騙すシーンがある。娘のことを気遣って、あっけに取られ困ったような顔をする笠智衆の表情がいい。父親の娘に対する思いが溢れている。この騙しの会話でドラマは一気に展開し、次のシーンはもう娘が嫁ぐ日の朝である。アクションでの物語の展開がない分、長女の失意の2階の部屋の場面とこの騙される父のシーンにドラマが凝縮されている。

ここには娘の主体的な思いや葛藤は描かれない。結婚に至る過程は一切描かれないのだ。描かれるのは、亡き妻の代わりに家のことをさせて、婚期を遅らせ心配している父と娘の関係ばかりだ。父と娘の関係は小津の永遠のテーマだが、そこには妻の不在が前提だ。その不在の影を娘は背負い、父を支える。この映画では、東野英治郎演じる恩師・ひょうたんと婚期を逃した娘・杉村春子の父と娘の関係も不在の妻が前提となり、笠智衆父娘と重なりあいながら、それぞれの孤独と悔恨が描かれている。

小津の映画の登場人物は、不在の影を背負って、孤独を抱えて生きている人たちばかりだ。そして人物たちの動かぬたたずまいの中で、それぞれの思いと身体的演技は抑制され、思いを抱えつつ酒を飲み、友と語らい、笑いあい、お互い文句を言い合い、ふとした瞬間に絶対的な孤独を噛みしめながら生きているのだ。そんな庶民の姿に、我々は共感をするのだ。



1962 日本 松竹映画 113分
監督:小津安二郎 
脚本:野田高梧、小津安二郎
撮影:厚田雄春
美術:浜田辰雄
編集:浜村義康
音楽:斎藤高順
出演:岩下志麻、笠智衆、佐田啓二、岡田茉莉子、三上真一郎、中村伸郎、加東大介、
   吉田輝雄、三宅邦子、東野英治郎、杉村春子、、岸田今日子、環三千代他

☆☆☆☆☆☆6
(サ)
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テーマ : TVで見た映画
ジャンル : 映画

tag : 家族 ☆☆☆☆☆☆6

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非公開コメント

相当に変ですよね

なぜ東野英二郎は退職後に中華ソバ屋をやるのか、当時すでに年金も退職金もあったのに。これは『東京の合唱』のリメイクだったからです。昭和初期なら年金も何もなく再起業しなければならなかったからです。
岩下志麻の相手が出てこないのも凄い。これは「所詮人間なんて結婚して子を作り育てて死ぬ」という循環だと小津が思っていたからだろうと私は思っているのですが、いかがでしょうか。

コメントありがとうございます。

>さすらいの日乗さん コメントありがとうございます。
『東京の合唱』を見たかどうかすっかり忘れてしまいましたが、ネットでストーリーを読むと、会社をクビになった失業者が恩師と再会して、恩師が定年退職後に始めたカレー屋を手伝う話なんですね。退職後に自営業を再起業って結構大変そうですけどね。サラリーマンとは違う自由さが感じられるんですかね。

ご指摘のように岩下志麻の相手の省略も徹底しています。人生の全体を幅広く描くことよりも、ある家族の一断面を様式化して描くことにこだわったんでしょうね、小津は。欲張っていろいろ描いても散漫になるだけだと考えたのではないでしょうか。あえて家庭内のドラマにこだわったような気がします。ご指摘の「所詮人間なんて・・・」についてはよくわかりません。そこまで単純化して考えていたのかな。ある種の諦観のようなものはあるような気がしますね。黒澤明のようなギラギラした欲望は描こうとしなかった。生活(死も含めた)を受け止める小市民的な受動性。ただ、そのような小市民的家庭内ドラマにこだわることで、逆に人間全体の深みを描きだそうとしたのかな?とも思います。

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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