「反哲学入門」 木田元(新潮文庫)

「反哲学」とは何か?現代の西洋哲学をわかりやすく紹介してきた木田元氏が、「哲学」の本質を解説。「哲学」は、西欧人の思考法であり、日本人にはないものだと言う。だからなかなか理解しづらいのだ、と。

簡単に言ってしまえば、哲学とは「ある」ということはどういうことか?についての特定の考え方をいうものだが、そもそも「存在するものの全体」としての「自然」をどう見るかという視点が、西欧人と日本人は違うという話。

いま「存在するものの全体」を「自然」と呼ぶとすると、自分がそうした自然を超えた「超自然的な存在」だと思うか、少なくともそうした「超自然的存在」と関わりをもちうる特別な存在だと思わなければ、存在するものの全体が何であるかなどという問いは立てられない。

自分が自然の中にすっぽりと包まれて生きていると信じきっている日本人には、そんな問いは立てられないし、立てる必要もない。西洋という文化圏だけが超自然的な原理を立てて、それを参照しながら自然を見るという特殊な見方、考え方をしたのであり、その思考法が哲学と呼ばれた。 (P24)


そもそも古代ギリシアの早い時期、「ソクラテス以前の思想家たち」は、そんな反自然的な考え方はしていなかった。ところが、ソクラテスやプラトンの時代に、たとえば、プラトンの言う「イデア」のような自然を超えた原理を軸にする発想法が持ち込まれたのだという。
その自然である超自然的原理の呼び名は、プラトン以降、「イデア」「純粋形相」「神」「理性」「精神」とさまざまに変わったが、発想の起点は同じなのだ。

プラトンのイデアで始まった「超自然的存在」の考え方の背景にはキリスト教やイスラム教へと展開するユダヤ教という一神教の影響があった。西欧社会の思想は、我々日本人には馴染みのない「一神教的世界観」で支配されているということだ。

太古、自然に向きあってきた人はそこにさまざまな生命の動きを感じ、それは「なっている」ものであって、誰かによって「つくられらた」ものであるとは思わなかった。そのことは、ギリシア神話や日本神話、あるいはゲルマン神話などをみてもわかる。ところがそれを「つくられた」ものとして考える人々が、登場した。神によって「つくられた」世界として、「自然」は考えられ、さらに「超自然的存在」と関わりを持つ特別な存在であるところの人間の「理性」が、自然をコントロールしていくという世界観が確立されていった。そこでは、自然は生きたものではなく、制作のための無機的な材料・質料にすぎない物、つまリ物質になってしまうのだ。二元論的世界観だ。

ところが、19世紀後半、ニーチェは、彼の時代のヨーロッパ文化がいきづまりにきていると見て、その原因が、超自然的原理を立て、自然を生命のない、無機的な材料と見る反自然的な考え方にあることを見抜いた。「神は死せり」と表現した。この「神」とは「超自然的原理」を意味している。

つまりニーチェ以降の哲学こそが「反哲学」なのだと木田元氏は語る。

超自然的原理を設定して、それを参照に自然を見るような考え方、つまり哲学を「超自然的思考」と呼ぶとすれば、「自然」に包まれて生き、そのなかで考える思考を「自然的思考」と呼んでもよさそうです。わたしが「反哲学」と呼んでいるのはそうした「自然的思考」のこと。  (P28)


ハイデガーやメルロ=ポンティやデリダといったニ十世紀の思想家はすべて、ニーチェのこの「反哲学」思想を受け継いだ。この「哲学批判」「哲学の解体」「反哲学」なら、我々日本人にもよくわかるのだと木田氏は言う。超自然的原理を設定してモノを考える習慣がないのだから、「哲学」よりも「反哲学」の方が日本人には理解しやすいのだと。

木田氏は、「哲学」を確立したデカルトからアリストテレス、カント、ヘーゲルへと至る西欧哲学者の思想の流れを辿りながら、「反哲学」へと至ったニーチェ、ハイデガーまでをこの本では解説している。哲学の専門的な用語も出てくるので、わかりづらい部分もあるが、昔大学で習ったことを思い出しながら読んだ。
そして、やっぱり興味深かったのはニーチェの思想だ。以下、ニーチェの思想のメモです。

プラトンの言うイデア、超感性的、超自然的なものは、どこかに実在しているようなものではなく、実は人間の支配機構、つまり生を確保し高揚させていくのにどれだけ役立つかを見極める目安として人間の手で設定された。

存在しないのに、超感性的価値をあるかと信じ、それによって逆に感性的な生を抑圧しながら、ありもしない価値を目指して営々と文化形成の努力をつづけてきたが、いくら努力してもそうしたありもしない目標に到達できない徒労に気づいたとき、空しい虚無的な「心理的状態」に陥った。(ニヒリズム)

プラトン以降のヨーロッパの哲学と宗教と道徳は、総力をあげてこのありもしない超感性的価値の維持につつめてきた。

ニヒリズムを克服するには、超感性的な最高価値が力を失ってこの世界が無価値無意味になったことを消極的に嘆き悲しむだけではなく、そんな超感性的価値などもともとなかったのだと積極的に認め、そうした最高価値を積極的に否定する以外に、つまりニヒリズムを徹底していく以外に途はない。

超自然的原理がことごとく否定されたいま、自然はふたたび自分自身のうちに生成力をとりもどし、おのすから生き生きと生成していくものになっています。ニーチェが新たな価値定立の原理を、この生きた自然とも言うべき感性的世界の根本性格、つまり「生(レーベン)」に求めるしかないと考え、それを「力への意志」と呼びます。(P228)

「真なるもの」とは、生(レーベン)が現段階で確保し、しばらくの間そこで自分を安定させるためにつける目安にすぎないのだと主張するのです。(P236)

「真である」「真に存在する」ということは、到達した現段階を確保し、そこで安定して持続するために、私たちが捏造し、実際には転変し生成している世界に投影し押し付ける「述語」であり「目安」にすぎないのです。そして、その押し付ける働き、目安をつける働きが「認識する」と呼ばれてきました。

「混沌(カオス)」―絶えず生成し変化しつつあるこの世界―に、現段階を確保しようとする生(レーベン)の欲求を満たすに足りる程度の規則性と形式を押し付け、いわばそれを「図式化」して、あたかもそれが静止した不変のものであるかのように思い込もうとするのが認識の働きであって、それはいわゆる「認識」、つまり変化する現象の背後にあるとされる「真に存在するもの」を把握する働きなどではけっしてないのだということを、この断章では言おうとしているのです。

「力への意志」は、到達した現段階の確保も必要ですが、それよりも「より強く大きく」生成し高揚することの方がもっと大事。その高揚のための価値定立作用こそ「芸術」であり、それによって定立される価値が「美」にほかなりません。(P238)
「芸術は真理にも増していっそう価値が高い。」
「われわれは真理によって駄目になってしまわないために芸術をもっているのだ」

現状確保だけに甘んじてしまえば、もはや生(レーベン)は生でなくなります。生(レーベン)にとっては、あくまでも高揚することが重要。

精神に対する肉体の優位性を主張
ニーチェの「力への意志」は「権力意志」と誤訳され、ナチスのイデオロギーであるかのように受け取られた。
「力への意志」の哲学は、美による救済、芸術によるニヒリズム克服の企てだった。


ニーチェは、この世界(自然)を静止したものではなく、常に生成し変化し続けるものとして捉え、我々の認識とは、とりあえず存在を「安定」させ、「現段階を確保するため」に捏造する「目安」に過ぎないのだと喝破したのだ。そして、そうしたありもしない「超感性的最高価値」の失墜に消沈し、ニヒリズムに陥っているのではなく、生(レーベン)の高揚、生きることの力をより強く大きくすることを呼びかける。そのために、「美」があり「芸術」があるのだと。「力への意志」とは、決して権力志向を目指したものではなく、生きるための意欲ともいうべきもののような気がする。ニヒリズムを克服し、生きる意欲を高めるには、現状を確保し、安定するのではなく、より生き生きとしたこの世界(自然)のなかに身をさらし、日々<芸術>や<美>を発見しながら、新たな価値を更新していくことのように思えた。

閉塞感を感じる今の時代にこそ、ニーチェの言葉は意味を持ってくるような気がしてならない。

(は)
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