「呪いの時代」 内田樹

批判することから提言することへ、壊すことから創りだすことへ、排除することから受け容れることへ、傷つけることから癒すことへ、社会全体で、力を合わせて、ゆっくりと、しかし後戻りすることなくシフトしてゆくべき時期が来たと私は思っている。そのとき指南力を発揮すべきなのは、メディアである。けれども、メディアはまだ「呪い」を語法として手放すことができずにいる。
呪詛がいま人々を苦しめ、分断しているし、贈与は今も人々を励まし、結び付けている。呪詛の効果を抑制し、贈与を活性化すること。


あとがきで内田樹氏が書いているように、本書は実にシンプルで単純な提言が書かれている。誰もが「そうなればいいな」と思える単純なことである。だがしかし、今この時にこそ「呪い」の呪縛から逃れ、「贈与」の活性化とともに新たな地域社会を作り出すことに意識的にならなければいけないのだ。私たちは知らず知らずのうちに、消費者として経済活動に取り込まれ、競争を勝ち抜くために「呪い」を無意識的に撒き散らし、感謝や贈与の気持ちを忘れてしまっているのだから。

以下、本書を読んでのメモだ。

だから、僕たちにとって喫緊の課題は、妄想的に構築された「ほんとうの私」に主体の座を明け渡さず、生身の、具体的な生活のうちに深く捉えられた、あまりぱっとしない「正味の自分」をこそ主体としてあくまで維持し続けることなのです。しかし、そのぱっとしない「正味の自分」を現代日本メディアは全力を挙げて拒否し、それを幻想的な「ほんとうの自分」に置き換えよと僕たちに促し続けている。


あまりぱっとしないこの「正味の自分」をまず受け容れること。自分の弱さや邪悪さを含めて承認し、自らを抱きしめ、愛すること、祝福すること。呪いを解除する方法は、この祝福しかないのだ。

そして最近、人々が「他者と共生する力」が劣化していることを指摘している。

自分と価値観が違い、美意識が違い、生活習慣が違う他者を許容することのできない人が増えている。社会人としての成熟の指標の一つが他者と共生できる能力、協調できる能力です。この能力を開発する上で結婚というのは優れた制度だと僕は思います。


内田氏によれば、「就活」も「婚活」も同じ構造で、人は消費者としてふるまわされているのだという。自分にとって適職と出会えていないのは、「自分の適正に気づいていないか、職業情報が十分でないか」であり、その「適職イデオロギー」が「就活」情報産業を支えている。一方、「婚活」情報産業もまた、「運命の赤い糸で結ばれた宿命の配偶者幻想」のもと、運命的な出会いを求めて結婚情報産業が繁栄している。

「他者と共生する能力」とは、他者と否定して退けるのではなく、他者を理解しようとする知的努力があり、成熟の契機が潜んでいるというわけです。決して絶対的な「適職」や「運命の赤い糸」があるわけではないのだ。

「他者と共生する」というのは、「他者に耐える」ということではありません。「他者」を構成する複数の人格特性のうちにいくつか「私と同じもの」を見出し、「この他者は部分的には私自身である」と認めることです。


「草食系男子」は、自ら「弱さ」をアピールすることで、リスクを回避する。「私は弱者です、被害者です、受難者です」と言い立てて、まずそのポジションを確保してから話を始めるのは、この20年ほど日本社会に定着した行動様式であり、その「被害者としての名乗り」から「権利請求」をする。

「他者との共生能力の劣化」とは、「我がうちなる他者たち」との共生の経験であり、「ペルソナ」の品揃えでもある。内なる他者を抑圧するのではなく、認めることからしか、他者を受け入れる素地は作れない。「ペルソナ」の乖離こそが、突発的な暴力を生むのだ。

また、経済活動を活発化させるために、「ものをぐるぐる回す」ことの重要性を説いています。そのためには貨幣をばらまいて「ぐるぐる」に参加できるプレイヤーの頭数を増やすことを提言しています。グローバリズムは、「勝者がすべてを手に入れ、敗者には何も与えない」というルールのもと、「もの」が少数の勝者集団に排他的に蓄積してしまい、経済活動が停滞してしまった。だからできるだけ多くの人間が、広い範囲にわたって経済活動にプレイヤーとして参加できるようにするために何をすればいいのか。そういう問いのかたちで新たな経済活動政策は起案されるべきだ、と。

そして、僕たちが贈り物に託すのは、「価値」ではなく、「価値を生み出す力」なのだと語る。「贈られた物に潜む力」を見出す能力、「これは私宛の贈り物だ」という自覚から、返礼したいという気持ちが生まれる。贈り物をもらって、そのままにしていることはどこかで気持ちが悪いものだ。だから返礼義務が生じ、誰かに贈り返したくなるのだ。つまり、「多くの人がまだその価値に気づかないものの価値に最初に気づく力」こそ、人間的な能力のうちに最上位に位置づける装置だということだ。

人間の「天賦の才能」もまた「天からの贈り物」であり、その才能のある人は深い返礼義務があるのだ。自己利益のためだけにその才能を使うべきではないのだ。力の強いもの、知性のあるもの、超能力のあるもの、危険を察知できるもの、それぞれの天賦の才が、その才能を授かった返礼として、多くの人のためにその才能を使い、贈り物を届けなければならないのだ。

さらに、人間というのは「死者」という概念を有することで、霊長類と差別化されてきた種である。

「死者」とは、「存在するとは別の仕方で」、生きている人間に関与するもののことであり、死者を正しく祀らないと「祟り」をなすという信憑をもたない集団は世界に一つも存在しない。人間は喪の儀礼をなす。それが人間の定義である。人間は「存在しないもの」に対しても定められた礼法に従って、コミュニケーションを試みなければならない。それにもかかわらず、「存在しないもの」をあたかも「存在するもの」たちのうちに交じってさまざまな働きをなすものであるかのように「遇する」という義務からは逃れることは出来ない。「存在しないものをして、『存在しないもの』としてそこにあらしめよ」というのは、私たちがそこから逃れることのできない人類学的命令なのである。


「存在しないもの」を「存在しないから」という理由で排除するべきではない。ビジネスマンたちは「貨幣という神」を拝んでいるのであり、「存在しないもの」を拝んでいるのだ。人間は「拝むもの」がなければ一瞬たりとも生きていけない。

レヴィナス老師が言われたように、「人間が人間に対して犯した罪は神といえどもこれを代わって償うことはできない」。同じように、人間が人間を励まし、癒し、支援する仕事は、神といえどもこれを代行することは出来ない。その「神といえどもこれを代行することができない」という一行があるからこそ、人間は「やる気」になるのである。

人間が「私には人間的債務が負託されている」と感じるためには、超越者を経由することが必要である。人間が人間であるためにはどうしても心霊たちの支援が必要なのである。


だからこそ、内田氏は荒ぶる神を鎮めるために「原発神社」の必要性と「原発供養」を説き、大阪の活性化のために「大阪大仏」の建立を提言する。

そしてTPP議論では、全ての人間が「金で動く」わけではないことを強調する。「金で動かない仕方」こそ、消費者の成熟度であり、地域や国の成熟度である。

私たちが共同体として生きていくために必須の資源を「社会的共通資本」と呼ぶ。大気、海洋、森林、河川といった「自然資源」、交通・通信・上下水道・電力といった「社会的インフラストラクチャー」、司法、医療、教育といった「教育資本」がそれに当たる。これらのものはどのようなものであれ、政治イデオロギーやマーケットに委ねてはならない。専門家が専門的知見に基づいて、管理運営しなければならない。それはフェアで合理的な管理システムのもとに、価値中立的な立場を貫く専門家たちによって運営されていなければならない。どのような政治的な正しさとも費用対効果とも無関係に、純粋に専門的な見地から、国土の安全と国民の幸福だけを配慮する人々によって管理運営されねばならない。

市場原理主義、グローバリズムの流れにすべてを明け渡してはならない。

これからの時代、大きな予測として「帰農志向」がある。自然からの贈り物を受け取り生きようとする志向だ。そして「交換経済」から「贈与経済」へと移行するためには、まず市民が成熟しなければならない。自己利益だけを追求するのではなく、受け取った贈り物を誰かにパスできるような相互扶助的なネットワークを構築すること。これが夢物語ではなく、ほんとうに実現させるためには、私たちの「呪い」を「祝福」に転換させることからしか始まらないのだ。

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