「アンダーグラウンド」エミール・クストリッツァ

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公開当時見逃し、DVDでしか見ていなかったので、デジタルリマスター版で映画館で観れたのはうれしかった。失われた祖国ユーゴスラビアへの鎮魂歌、喧騒たる人類の叙事詩。愛すべき傑作。エミール・クストリッツァの映画はどれも素晴らしいが、故郷への思いを込めたこの作品がなんと言っても最高傑作であるだろう。

この映画のスケールは映画史に残る傑作であり、セルビア(旧ユーゴスラヴィア、現ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)のエミール・クストリッツァは、ギリシャのテオ・アンゲロプロス、ロシアのアンドレ・タルコフスキー、スペインのビクトル・エリセ、イタリアのフェデリコ・フェリーニ、ドイツのヴィム・ヴェンダースなどなど、世界の名だたる監督に並び劣らぬ力量であり、この作品の音と映像のエネルギーこそ、まさに映画の中の映画だ。

紙幣が紙屑のように舞い、軽快なブラスの音が鳴り響くなか町を走り続ける。爆撃のさなかであっても、食事を続け、セックスをし、愛を交わし、音楽を奏で、騒ぎ、踊る。これが生きる力なのだ。この映画の中では何度も紙幣が無駄に舞う。何の価値もないもののように。祖国がなくなるほどの激動の時代、繰り返される戦争、地上と地下の往復、騙し騙され、裏切り裏切られ、殴り合い、愛し合い、ののしり合い、結婚式で騒ぎまくる。恋と友情、夫婦も親子も家族もみんなみんな葛藤しつつ、逞しく生きていく。

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男二人と一人の女の三角関係は、映画でも王道のトライアングルだ。世紀の詐欺師、共産党員のマルコ(ミキ・マイノロヴィチ)と悪友の電気工の武闘派クロ(ラザル・リフトフスキー)。そして、ファムファタール、小悪魔女優のナタリア(ミリャナ・ヤコヴィチ )。3人が頭を突き合わせて歌うシーンがなんともいい。特にナタリアの妖艶さがなんとも素晴らしい。マルコとの情事、地下で酒を飲み踊り狂う場面など圧巻だ。

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50年ぶりに地下から出てきたクロと息子のイヴァンは、自分たちの英雄物語の再現映画の撮影現場に出くわす。フィクションと現実が交錯する滑稽さ。クロたちの地下生活もまたマルコに仕掛けられたフィクションだった。地上と地下、映画と現実。フィクションと現実が交互に入れ替わる。戦争もまたフィクションか。挿入された歴史的映像もどこか虚構めいて見えてくる。祖国とは何なのか?戦争とは何なのか?人間はいつもフィクションの中で騙されつつ、彷徨いつつ、生きているのかもしれない。美しく感じられるものは、イヴァンが初めて見る月の明かりであり、朝日の輝きであり、水の心地ち良さだ。

花嫁が宙を舞い、ガチョウも空を飛ぶ。水の中は死への入り口。牛たちが水から上がり、死の果ての夢の島での結婚式。ブラスの音が鳴り響き、酒を飲み、陽気に騒ぎ踊る。いつの間にか陸地は切り離されて行くことも知らずに。自分たちが死んでいることも忘れているかのように。

この映画で特徴的な運動として回転運動がある。3人が頭をつき合わせて歌うシーンがあるが、そこで3人はぐるぐると回っている。それを下から回転する3人の顔をカメラが捉える。地下での結婚式でもブラスバンドはなぜかぐるぐると回転していたし、ラストのマルコとナタリアが死ぬ場面も火の塊になってぐるぐると回るのをクロが泣きながら見つめるシーンがある。地上と地下や水への落下の上下運動ももちろんエミール・クストリッツァ的ないつもの運動だが、すべてはぐるぐると巡っているのがこの映画では示唆的なのだ。

我々はいつでもフィクションの夢を見つつ、ぐるぐると回りながら、踊り続けているのかもしれない。愛も欲望も暴力もセックスも、騙すことも騙されることも楽しむことも悲しむことも、すべてすべてひっくるめて生きていこう、ぐるぐると回り続けているのかもしれないがそれでも楽しくやっていこう!そんな勇気をもらえる愛すべき映画だ。




製作:フランス/ドイツ/ハンガリー 1995年
公開情報:劇場公開(ヘラルド・エース)
原題: UNDERGROUND

監督 エミール・クストリッツァ
脚本 デュシャン・コバチェヴィチ
エミール・クストリッツァ
原作 デュシャン・コバチェヴィチ
エグゼクティブプロデューサー ピエール・スペングラー
撮影 ヴィルコ・フィラチ
美術 ミリェン・クチャコヴィチ・クレカ
音楽 ゴラン・ブレゴヴィチ

キャスト:ミキ・マイノロヴィチ (Marko)、ラザル・リフトフスキー (Petar Popara Blacky)、ミリャナ・ヤコヴィチ (Natalija)、スラヴコ・スティマッチ (Ivan)、エルンスト・ストッツナー (Franz)、スルジャン・トドロヴィチ (Jovan)、ミリャナ・カラノヴィチ (Vera)、ミケーナ・パヴロヴィック (Jelena)、ボラ・トドロヴィッチ (Golub)、ダヴォール・ドゥモヴィッチ (Bata)

☆☆☆☆☆☆☆7
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テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生 ☆☆☆☆☆☆☆7

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No title

私も今回、劇場まで足を運びました。
第二次世界大戦とユーゴの内戦という悲惨で重苦しい歴史を経糸に
滑稽で愚かに、たくましく生きる人々の営みを横糸に織りこんで、
こんなにも力強い作品ができあがったことに感動を覚えます。
音楽の素晴らしさは言わずもがな。映画の添えものではなく、
音楽が映画そのもの。
失われたユーゴへの愛惜の情と人生の素晴らしさを同時に描き出した
紛れもない傑作だとあらためて思いました。
ヒデヨシさんのぐるぐるの考察、納得です。

No title

*すいさん
コメント、ありがとう。
あの音楽がしばらく頭から離れませんでした。
たしかに彼の映画の音楽は、映画の推進力そのもの。冒頭のありえないブラスバンドマンたちの行進から始まって(あんな風に走りながら演奏できるの?笑)、地下ではぐるぐる回りながら演奏させられて、最後は架空の島での演奏。要所要所で彼らの演奏が、映画を支えています。

混乱期にこそ、彼らのエネルギーが必要な気がします。すべてを受け入れて進む力が。

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

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