「パレルモ・シューティング」ヴィム・ヴェンダース

パレルモ

僕の映画体験はある時期からヴィム・ヴェンダースとともにあった。『ゴールキーパーの不安』『都会のアリス』『まわり道』『さすらい』『アメリカの友人』『ことの次第』そして『パリ・テキサス』。彼の映画の中での「魂の彷徨」に共感し、僕には彼の映画が一番ピッタリくる感覚があった。撮ること、風景、記憶、時間、停滞、孤独、死・・・。ヴィム・ヴェンダースは、ある意味変わらないテーマを描き続けている。僕のベストムービーが『パリ・テキサス』であるのは、空っぽの風景と彷徨い続けた果てのヒリヒリするような孤独感と失った愛の深さが、いまだに泣きたくなるほどピッタリくるからなのだ。

さて、この『パレルモ・シューティング』だが、まさにヴィム・ヴェンダース的テーマである<旅と撮影>そして<時間と死>についての映画だ。撮影とはまさに<shoot>なのだ。『ベルリン・天使の詩』で天使を出現させたのと同じように、ここでは死神を登場させている。同じような図書館のような場所で、死神は現れる。

物語としてはとても陳腐な定型ものではっきり言ってつまらない。されどヴェンダースはやはりヴェンダースなのだ。パレルモの美しい街角や自然と時間、そして輝かしい女神の顔が描かれる。

ドイツのデュッセルドルフで第一線で活躍している世界的な広告カメラマン・フィン(カンピーノ)。彼はデジタル処理で風景をどのようにでも加工処理し、時間までも一枚の写真に凝縮させようとする傲慢な男だ。町をパンツ一枚で仁王立ちで見下ろす後姿。そんな自信たっぷりで、<自らの目=視ること>を信じている男が<死>にとり憑かれている。生きている実感がないと言うのだ。オープンカーに乗りながら、彼は風の音ではなく音楽をイヤホンで聴いている。虚構の中で生きている男。そして交通事故にあいそうになり、<死神>を撮影してしまう。そんな彼がライン川でたまたま見た船に書かれていた地名に導かれて、南へと移動し、イタリアのシチリア島のパレルモで仕事をする。ミラ・ジョヴォヴィッチが本人役で出演しているが、自らの妊婦姿をデジタル加工処理ではなく、自然そのままの姿で撮り直して欲しいと彼女に言われたからだ。彼女の中に宿る<生命>と、その後パレルモの町で出会う<死神>が対置される。

パレルモでフィンは<視ること>から<視られること>へと変わる。ベンチで居眠りしていたところを美女フラヴィア(ジョヴァンナ・メッツォジョルノ)にスケッチされるのだ。何度か自分を矢で射ようとする<死神>を<視る>のだが、結局彼は死神に<視られていた>ことが後半に描かれる。フィンの身振りが、ドイツとパレルモでは全く違うのだ。デュッセルドルフでは高級車のオープンカーを乗り回していたが、パレルモでフィンはひたすら歩き回る。デジタルカメラではなく、フィルムカメラを持って。公園で出会った地元の女性カメラマンに撮影までされてしまう。(この後姿の写真がとてもいい。彼女は実在の女性カメラマンらしい。)

<視ること>を信じていた男が、<視られる>立場になり、<撮ること>から<撮られること>へ。パレルモで出会ったフラヴィアは、デジタル写真の加工処理とは対極のアナログな中世の壁画の修復を行なっている。この壁画のタイトルが「死の勝利」だというのだから、まぁストレートだ。矢で射られる権力者たちの絵。時間を一瞬で圧縮・加工することとは対極の壁画の修復。過去の時間と対峙するフラヴィアは、フィンが<見るもの>を信じるのに対して、<見えないもの>を信じる。神、愛、生命。「夜を分かち合えるってステキね」と彼女に言われるシーンがいい。加工された夜ではなく、静かな闇の時間を共有すること。パレルモでフィンは、音楽のイヤホンをガサガサというノイズとともに外し、自然の音に耳を傾ける。

そして最後に死神(デニス・ホッパー)と対峙する。なんとここでデジタル写真論が語られる。「デジタル画像は実在を保証しない、好き勝手に手を加えられる、すべてが混乱している・・・」と。このあたりが、ヴェンダースどうなっちゃてるの?とあまりのストレートさにビックリしてしまう。デニス・ホッパーがこの映画撮影の数年後に亡くなったことを思うと、この死神役がなんとも皮肉なめぐりあわせだ。ヴェンダースにとって『アメリカの友人』以来のデニス・ホッパーとの再会。デニス・ホッパーそのものである<死神>は、自らの肖像を撮ることを促す。「死」は恐怖の対象として彼岸にあるのではなく、あなたとともに、「生」とともにある・・・というわけだ。

つまりこの映画はいたって観念的図式的なのだ。デュッセルドルフとパレルモ。デジタルとアナログ。時間を操ることと時間に寄り添うこと。視ることと視られること。撮影することと撮影される(矢を射られる)こと。妊婦と死神。生の誕生と死。信じる主体とわからない世界、見えるものと見えないもの。

それらの二元的に見えた対立は、同じものとして包含され、ラストの美しいパレルモ郊外の丘の上の景色へとつながっていく。どのくらい時間が経過したのかわからない・・・とフィンは混乱し、さまざまな風景が高速度撮影で描かれる。そして、朝日に照らされたフラヴィアの美しい顔が彼の傍らにある。『愛の勝利』でも見事な美しさを披露していたジョヴァンナ・メッツォジョルノがいい。
パレルモ2

かくしてヴェンダースは、いかにもヴェンダース的テーマをパレルモを舞台に描いた。写真を撮ること、現実のフィルムに焼き付けることは、時間や死を閉じ込めること=描くことでもある。過ぎ去る一瞬の時空間をこの世にとどめ置こうとして、人々は絵を描き、写真を撮り、映画を撮影する。ただ世界はあまりにも大きく広く、流れ続けている。つまり<撮影=shoot>とは、捉えきれない世界への人間のささやかな抵抗でもあるのだ。

観念的図式的な物語は、まさに興醒めであり、面白くない。そんなことはきっと百も承知で、ヴェンダースはありきたりの物語を差し出しつつ、映画的一瞬の時間を創出する。パレルモの街角の美しさや丘の上の町の懐かしさ、そして一瞬の輝く時間。死神のデニス・ホッパーとジョヴァンナ・メッツォジョルノの女神ぶりは見るだけでも楽しめる映画だ。

ちなみにこの映画はイングマル・ベルイマンとミケランジェロ・アントニオーニに捧げられているらしい。2人の監督は、この映画のロケハン中に死んだのだそうだ。ベルイマンの『第七の封印』の「死神」、アントニオーニの『欲望』の写真家。中世の古い絵画が映画と呼応しているように、映画は、いくつもの映画と呼応している。


英題: PALERMO SHOOTING
製作年: 2008年
製作国: ドイツ/イタリア/フランス
日本公開: 2011年9月3日

監督・製作・脚本 ヴィム・ヴェンダース
撮影 フランツ・ラスティグ
美術 セバスティアン・ソウクプ
音楽 イルミン・シュミッツ
キャスト カンピーノ、ジョヴァンナ・メッツォジョルノ、デニス・ホッパー、ミラ・ジョヴォヴィッチ、ルー・リード

☆☆☆☆4
(ハ)
スポンサーサイト

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
164位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
73位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター