「J・エドガー」クリント・イーストウッド

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なんだか『カポーティー』を思い出した。ノンフィクション「冷血」を書き上げた作家トルーマン・カポーティーの6年間を描いた伝記的映画で、カポーティーをちょっと甲高い声で演じたフィリップ・シーモア・ホフマンとディカプリオの印象が重なるからかもしれない。あるいは、同じ同性愛者を描いた有名人の伝記映画だからか。
(『カポーティー』レビュー)

次々と野心的な秀作を発表し続けるクリント・イーストウッド。もしかしたら、いま彼は人間ドラマをもっとも正攻法で描ける現代の映画監督かもしれない。彼の映画には、人間そのものの苦悩や哀しみや強さや弱さがしっかりといつも描かれている。

アメリカ人なら誰もが知っているであろう有名人、FBI初代長官ジョン・エドガー・フーバーの半生を、ヒロイックな英雄としてでも悪徳な権力者としてでもなく、一人の人間として、どちらかと言えば、成功した男の強い権力とその裏側の弱さを描いている。

「彼を映画で描き、脚本家が集めた本を全部読んだ後でさえ、私には彼がまだ“謎の男”に思える」とインタビュー語るイーストウッド監督。その「謎」がこの映画を面白くしているのだと思う。一面的に「こういう男だ」とわかりやすく描いてはいない。

この映画の登場人物は、たった4人だと言っていい。FBI初代長官のジョン・エドガー・フーバー(レオナルド・ディカプリオ)は彼の生涯の回顧録を作るために語りだす。プロポーズを断りつつも死ぬまで個人秘書として彼を支えたヘレン(ナオミ・ワッツ)、彼の生涯の片腕となるクライド・トルソン(アーミー・ハ―マー)、そして過保護な母親アニー・フーバー(ジュディ・デンチ)。彼が信用したのは、この母親と秘書のヘレンとクライドの3人だけだ。その3人以外には誰ひとりとして心を許さなかった孤独な男。マザコン、同性愛という影の部分を世間に見せまいとしていたのか…。まさに人生の光と影だ。

8人の大統領が恐れたというアメリカの影の独裁者。図書館のカード検索機能を考え付いたところから、犯罪者の情報を一括管理し、指紋管理システムを作りあげ、徹底した科学捜査を導入。FBIという強大な国家を守る権力機構を作り上げた恐ろしい男である。彼は「情報」が社会を動かす鍵となるものだということを誰もよりも知っていた。だからマスコミも巧みに利用しながら、FBIの存在の正当性を宣伝し、自分の都合のいいような物語に作り上げた。共産主義者を一網打尽に撲滅し、大恐慌時代にはデリンジャーなど数々の犯罪者を捕まえた。そして「盗聴」をしながら大統領の秘密さえも握った。そんなアメリカの裏側の歴史を彼自身の回顧録と私生活を織り交ぜながら、巧みな時間構成で描いている。なんのストレスもなく過去と現在、時間が自在に移動する。映画ならではの編集術だ。

アメリカを守るという「正義」に固執し、権力を手に入れ、犯罪者や国家を脅かす者を排除することに人生を賭けた男は、自らの「正義」の物語を作り上げた。一方で私生活では誰も信じられず、弱く悩み、自分へ思いを寄せるクライドさえも本当には信じきれなかった。母が死んだ時の母の服を身につける場面、そして彼が死んだ時の裸の姿は、哀れさを誘う。国家を動かすほどの権力を握った男でさえも、誰も信じられず、孤独に死んでいく。

思えば二人の男が出会ったとき、汗をぬぐうためにハンカチが手渡されたあの時こそ、エドガー・フーバーにとっては人生で最もときめき、幸せだった時なのかもしれない。だから、フーバーは誰かと握手をしても手をぬぐい続けた。

脚本家のダスティン・ランス・ブラックは、ゲイの政治家ハーヴェイ・ミルクの半生を描いたガス・ヴァン・サントの『ミルク』の脚本家だそうだ。その同性愛者の伝記ものという意味では、いろいろ似ているところがある。

英題:J.EDGAR
製作年:2011年
製作国:アメリカ
日本公開: 2012年1月28日
監督・製作・音楽: クリント・イーストウッド
脚本: ダスティン・ランス・ブラック
撮影: トム・スターン
美術: ジェームズ・J・ムラカミ
キャスト:レオナルド・ディカプリオ、ナオミ・ワッツ、アーミー・ハマー、ジョシュ・ルーカス、ジュディ・デンチ、デイモン・ヘリマン、ケン・ハワード

☆☆☆☆4
(シ)
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