「ラルジャン」ロベール・ブレッソン

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孤高の映画作家、ロベール・ブレッソン。たった13本の長編作品にか残していないのに多くの映画監督に影響を与えた。

徹底的に抑制された映像。カメラは心理描写を拒否するかのごとく、カットバックして役者の表情をとらえない。カット数は少なく、物語を説明するような映像はない。カットとカットの間の空白があるばかりだ。職業俳優を使わず、出演者はモデルであり、演技することを極度に抑制させた。演劇を映像的に再現するのが映画ではなく、映画は映画なのだ。シネマではなくシネマトグラフであり、シンプルな映像と音そのものにこだわり続けた監督。だから、ゴダールが、トリュフォーが、ルイ・マルが、北野武が、アキ・カウリスマキが、多くの映画監督たちがロベール・ブレッソンの息子たちなのだと思う。観客は、カットとカットの間の空白に、さまざまな物語や感情を読み取り、想像することでしか映画は完成されない。過剰なサービスと刺激で溢れる今日のジェットコースター的映画とは対極をなす寡黙さと静けさだ。しかし、恐るべき遺作であり、なんと抑制された映画なのだろう。驚かされた。

「ラルジャン」とは「お金」である。彼の初期の代表作『スリ』もまた「お金」にまつわる映画だった。ある意味『スリ』の対極にある映画といってもいい。お金が神になってしまったかのように、人々は金に振り回され、金で人生が大きく変わる。生きていくことは、金の虜となることであり、ひとたび狂った歯車が人生を転落させる。

物語は親から金をせびってももらえなかった金持ち息子の贋札を使ったイタズラから始まる。使われた贋札から、無実の男が嫌疑をかけられ、男はどんどん人生を転がり落ちていく。カフェで疑われ、贋札を受け取ったカメラ店でも偽証され、裁判で有罪となり、刑務所に入り、子供を病気で失い、妻にも見捨てられる。最後は殺人事件まで起こしてしまうのだ。もう一人、偽証するカメラ店員が出てくるが、彼も金で人生が変わっていく。店員は偽証してお金をもらうが、店のカメラの値札を張替え、差額を着服していていることが見つかってクビになる。そして店の金庫から金を盗み、お金を儲け、貧乏人に慈善事業で金を寄付しているという。贋札は人から人へ渡り、金も人から人へと渡る。その行為によって、人と人との関係が変わり、人生も変わっていく。交換の手段である貨幣が人から人へ渡ることで、人と人との関係を変えていく。その関係の変遷を淡々と描いた映画だ。

後半の殺人事件を起こす描写の省略が凄い。刑務所から出てきた男は、ホテルでオーナー夫婦を殺すのだが、その場面は一切描かれず唐突だ。なぜ彼が殺したのか、その心理描写は一切ない。刑務所で自殺未遂をしたあと、彼がどんな心のありようで刑務所から出てきて、さらに殺人を犯したのか。血にまみれた手を洗う水とそのあとのホテルのお金を盗むシーンだけだ。さらに町で老婆に出会い、彼女の家で暮らすようになるのだが、その描かれ方も一切説明されない。老婆はなぜ彼を家に入れたのか?老婆の傍らでスープをすする男。「私が神ならあなたを赦すわ」と老婆は男に話す。暴力的な義父に仕え、障害者の息子を抱え、妹夫婦の食事も作る天使のような老婆。畑でジャガイモを収穫し、男は犬を撫でながら老婆の傍らに静かに座っている。洗濯物を干す老婆に、男は木の実をあげたりもするのだ(この映画で唯一の美しいシーンだ)。しかし、男はそんな一家を殺害し、老婆に「金はどこだ?」と殺す前に要求する。まるでホラーだ。ラストは、レストランで男が酒を飲み、自首をして彼は警察に連れ去られる。それを客達がいつまでも見続けるなかで映画は終わる。

ブレッソンはインタビューで、こう語ったと言う。
「彼ら(客たち)は空虚を見つめているのです。そこにはもはや何もありません。善は去ってしまったのです。」

殺害シーンは描かれず、斧が川の水に投げられるだけだ。転落の人生が淡々と描写される。天使のような老婆の優しさに男は救われなかったのか?なぜそれでも、金を要求し、老婆一家を殺したのか、謎なのである。凄い映画を最後に撮ったものだ。トルストイの「にせ利札」が原作らしいのだが、映画は小説的に物語を語るものではなく、演劇的に登場人物の心理を描くものでもなく、単純なアクション(行為)を描き、音(音楽ではなく現実の音)を使い、そのアクションとアクションをつなぐ編集という時間の省略に横たわる空白を描くことなのだと教えてくれる。



原題 L' ARGENT
1983年/フランス/85分
監督: ロベール・ブレッソン
製作: ジャン=マルク・アンショ
製作総指揮: アントン・ガネージ
原作: L・N・トルストイ
脚本: ロベール・ブレッソン
撮影: エマニュエル・マシュエル/パスクァリーノ・デ・サンティス
音楽: バッハ
出演: クリスチャン・パティ/カロリーヌ・ラング/バンサン・リステルッチ/
マリアンヌ・キュオー

☆☆☆☆☆☆6
(ラ)
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