「スリ」ロベール・ブレッソン

pickpocket.jpg

学生の頃この映画を観て、いつもの映画とあまりに違うその肌触りに驚いたのを覚えている。そのなまなましさに。そのドキュメンタリーのような感触に。

久しぶりに再会した『スリ』は、やっぱり面白かった。かつて観てドキドキした迫真のスリシーンは、美しい手の運動であることに気づいた。手から手と手渡される財布や鞄や時計、その手の表情や動き、そのアクションがスリリングであり美しいのだ。

ロベール・ブレッソンの遺作となった『ラルジャン』は、金の交換によって人生の歯車を狂わされた男の物語だった。男は鉄格子越しに愛する妻に冷たくされ、別れを告げられた。しかし、この映画ではラスト、鉄格子越しに愛が交わされる。これまでまわり道をしてきたことを男は女に告げる。金やモノをポケットからポケットへ、手から手へと渡し続けることで、回り道をしてしまった男の人生。映画はそのまわり道を描く。

ルイ・マルの『鬼火』は死を間近にした男の自意識の映画だった。この『スリ』もまた自意識たっぷりの男の映画だ。男は手記のような言葉を書き連ね、モノローグとして語られる。「本作は刑事ものではない。スリという許されざる冒険に駆られてしまった若者の悪夢を映像と音で描こうとする試みである。」と冒頭で字幕が出る。

心を誰にも開かず、行為だけが描かれる。まさに冒険なのだ。『罪と罰』のラスコーリニコフのように「非凡な才能をもった人間は法を犯す自由が認められるべきだ」と自らの犯罪を刑事の前で正当化さえしようとする。病気の母を訪れても会おうとしない。彼が母の金を盗み、母が金を盗んだのは息子だとわかり、訴えを取り下げた話が挿入されるが、彼がなぜスリを犯すようになったのかは具体的には描かれない。彼のトラウマとなるような心理描写があるわけではない。ただ「スリ」という行為が描かれるだけだ。虚無的な行為を繰返す男。だから友達と女とデートをするも、まるで女に関心を示さない。関心があるのは、隣りの男の腕の高級腕時計だ。

d0117645_155896.jpg

競馬場で駅で地下鉄で、スリが繰返される。スリ仲間と組みながら巧みに手が動くさまをカメラは写し続ける。ただそれだけの映画ともいえる。男の視線は、人をとらえない。財布や腕時計などモノだけを見つめる。友にも女にも視線を向けない。視線は交わらないのだ。彼は「空=虚無」を見つめているかのようだ。自意識しかないのだ。それが最後、鉄格子の中でやっと女に視線を向ける。モノと手の動きを描き続け、最後にやっと視線が交わるのだ。

「私は物の映画と魂の映画をつくるつもりです。ですからひとは本質的に手とまなざしを見るでしょう。私は物のクロウス・アップとまなざしのクロウス・アップのあいだに、不変の平衡をもとめます。私はできるだけ現実につきまとい、なにもあたらしくそれにくわえないつもりです。しかし生活の現実と映画の現実のあいだには、一致したズレがあるでしょう。・・・私は「田舎司祭の日記」の方向にむかって仕事をしています。だがもっと大きな純粋さに、もっと大きな皮剥ぎに到達したいと思います。こんどは一人の職業俳優も使いません。そのほうが私はずっと自由です。」
(1956年トリュフォーのインタビュー)




原題:Pickpocket
製作年:1960
時間:75分
監督・脚本:ロベール・ブレッソン
撮影:レオンス=アンリ・ビュレル
音楽:ジャン・バディスト・リュリ
出演:ピエール・レマリ、マルタン・ラサール、マリカ・グリーン、ピエール・エテックス

☆☆☆☆☆5
(ス)
スポンサーサイト

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : 人生 ☆☆☆☆☆5

コメントの投稿

非公開コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

コメントありがとうございます。

ゆうりさん、コメントありがとうございました。

トリュフォーのインタビューはネットをいろいろ見てるうちに見つけたんだと思います。申し訳ないですが、覚えていません。
ブレッソンの映画は本当に哲学的であり、それでいて見事に詩的で映像的である映画です。何度見ても、その深さに驚かされます。

また遊びにいらしてください。

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
210位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
98位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター