「日本の文脈」内田樹×中沢新一

多くの示唆にとんだ話が次から次へとでてくるので、とてもまとめられない。「男でおばさん」と自ら認める二人のおばさん談義なので、話がどんどん横へ滑っていく。政治、宗教、国家、ユダヤ教と日本的思考、霊性、神話、贈与論…。それがまた面白く刺激的だ。そして、どちらが話しているのか読んでいるとわからなくなってくるのだ。それほど、二人の話は不思議なほどかみ合っている。

あとがきで内田樹氏が中沢新一氏と縁について書いているのが、なかなか感動的だ。同じ年に同じ大学(東大文学部)に入学して、何人も共通の友人がいながら最近まで会うことがなかった二人。「会っているはずなのに、なぜか会っていない」という「虚の偶然」に惹かれるという内田氏。中沢氏を「僕の想像上の同伴ランナー」だったと呼び、会った時に奇妙な「懐かしさ」を感じたという。「追い風」に乗ってはなばなしい業績を上げることはそれほど難しいことではないけれど、「逆風」で後退戦を強いられている時に、静かに笑顔をたたえて踏みとどまれる人こそが、「一緒に革命をやれる人」なのだと言う。そんな負け戦でも一緒にいられる相手だと内田氏は中沢新一のことを語る。

「中沢新一を見ていると、なぜか僕は二人が刀折れ矢尽きた「落ち武者」スタイルでとぼとぼと夕暮れの田舎道を歩きながら、「また負けちゃったね」「うん」「でも、まあまた次があるよ」「そうだね」とぼそぼそとしゃべっている光景を想像してしまうのです。



さて、本の内容だけど、内田は進歩史観にまず疑問を呈する。「・・・の時代は終わった」とよく言われるけれど、構造主義はそういうチープな進歩史観を否定した。そういう歴史の迷走性、時代を経るにしたがって社会は一方的に進化するわけでもないし、劣化するわけでもない。さまざまな事件がランダムに生起している、「これからは・・・の時代だ」と、いつも思想や学術の最新流行を必死で追いかけていることの愚かさを指摘。

中沢も人間の原初的経済活動は本質的に現代の資本主義と変わらないと語る。ただ今の経済学は「贈与」と結びついていない、と。

努力に対して正確に相関する報酬を受け取れると、かえって人間は働かない。何の驚きも喜びもないよりも、努力と報酬のルールがよくわからないことで、オーバーアチーブする人が出てくる。「予見できない報酬」を理解しようとしてオーバーアチーブに導き、産業や生産の歴史は支えられてきた。「宇宙には人知を絶した見えざる理法、秩序がある」という考えを前提に科学が発展する。それを解き明かそうとして。それは「宇宙のすべてを説明する数理的秩序」を先駆的に信じる態度を「宗教性」と呼ぶことに通じる。科学と宗教は対立するものではなく、同じ確信から出発している。「全知全能を挙げて回答不能の問いに立ち向かうこと」。そこに人間の潜在能力の鍵がある。何が起きるかわからない予測もつかないことこそ、人間は夢中になる。努力と報酬が相関するのでは、「やる気」は出ないのだ。だからワクワクすることこそ、人間の力となるのだ。

さらに話は霊的体験にまで及び、人間が霊という概念を持つようになったのは、生存戦略上の必要からだ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚といった生理学的な受容器では感知されないけれど、何かが接近している、何かが見つめていると感知する能力が経験知として蓄積されていった結果、人間が生きのびる確率が高くなる。そして、「ありもの」を「何かの役に立つかもしれない」と「ブリコラージュ」する能力こそ必要だ、と。それはある意味「野性の力」を取り戻すことなのかもしれない。

未決定に宙づり状態に開いておき、自己超克し、パラダイムの変換をし続けたユダヤ的思考。ノーベル賞を多くとっているユダヤ人は、一神教的思考で「全知全能を挙げて回答不能の問い」に立ち向かってきたのだ。それがユダヤ的知性なのだ。

一方、日本人の思考とは、「中華の辺境」にいるので、常に自分たちを相対的に劣ったものと感じて、先行者にキャッチアップしようともがく。その結果、知らず知らずに自己超克を果たす。「いくら入れても壊れない器」のように中身は空っぽにしておく。真ん中に穴のあいた中空構造(河合隼雄の中空構造論)。真ん中は空洞で、トリックスターのような神様が外からやってきて、まわりを型で決めていく。武士道も能も生け花も、日本的芸能は同じ構造。論理性はなく形があるだけ。そしてそれは生と死とインターフェイス上にある。その生と死の間、異界に通じる「穴」が必要なのだ。その「穴」を塞いではならない。「穴」が塞がれると、権力機構になる。

民主主義が効果的に機能するのは、血の流してこのシステムを作った人たちがいたという切迫感、そのたちから贈与されたものである感謝の気持ちがあったとき。それが自己利益の追求と権利の行使ばかりを考えるようになると民主主義は劣化してくる。キリスト教に価値があったのも、イエス・キリストが生命をささげて犠牲になった贈与感があるから。買い手と売り手が対等でないものはビジネスにしてはいけない。医療や教育は贈与がベースにある。

東洋的な学びは、正解ではなく成熟。正解は即答を理想とするけれど、成熟は、長い時間をかけて、自分が置かれている文脈が変わり、自分の身体も変わり、それまで見えていたものが見えなくなり、見えなかったものが視界に入り、どんどん世界の相貌が変わってゆく。その変化を思い知ることが知的成熟。不合理な指導法や、ただ待たせるだけの教育が現代には必要と内田は語る。正解ばかりを性急に求めてはいけない。

人間の思考は抽象化を行う。現実は常に変化し、命あるものは必ず衰え死んでいく。しかし、人間が頭で考えだした抽象的な概念は変化しない。そういうものを人間の頭でつくりだしてしまう。有限な存在である人間が、脳の中で無限を作りだす。核分裂反応から巨大なエネルギーを取り出す一神教的技術も思いつくし、発明することもできる。けれどもこの世界は有限であって、抽象が暴走してしまうと、現実の世界は破綻してしまうことを忘れてはいけない。これは貨幣や国家の問題ともつながると中沢は警告する。

「自分は贈与されたのだから反対給付の義務がある」という感覚。だから自分も贈与したい、あげないと気持ち悪いし、悪いことが起きると思う。それは宗教的な感覚でもある。世界は霊的に構成されているのだから、その霊的な構成に身を添わせて生きることが必要性だと内田は語る。

グローバル資本主義、民主主義が行き詰まりを迎える中で、二人の話は時空を超えてさまざまなシステムの本質を見極めようとする。超高齢社会、超少子化社会をトップランナーとして上機嫌で受け入れていこうと悲観的にならずに前向きに捉える二人。進歩史観への疑問、自己利益のための努力と報酬の限界、オーバーアチーブが生まれる潜在能力が活性化する時、性急な結論ではなく時間をかけた成熟的思考、霊性の重要性、対称性の論理、自然との共存と農業の可能性、贈与と反対給付の義務などなど、キーワードはいろいろだ。日本がこれからどう進んでいくべきなのか、考えさせられる。

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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