「黒い罠」オーソン・ウェルズ

touch_2.jpg

これはまぎれもないフィルム・ノワールの傑作だ。見そこねていた映画がまだまだあるのだ。NHK-BSで放送されたものを録画していてやっと昨日見たのだが、このただならぬ傑作を今まで知らなかったことに愕然とする。オーソン・ウェルズは『市民ケーン』があまりにも有名だが、この映画が彼の非凡なる映像センスと異形なる役者ぶりが存分に発揮されている作品だ。

オープニングから驚かされる。車にダイナマイトを仕掛ける犯人の姿からクレーンアップしてその車の移動と一組のカップルがメキシコからアメリカへの国境を越える場面をクレーンで移動撮影しながら、3分18秒にもわたる長回しのワンカットで撮っているのだ。車が行き交い、多くのエキストラが町を歩き、爆弾が仕掛けられた車の移動と一組のカップルを同じ画面の中でとらえながら、いつその車が爆破するのかという緊張感の中で観客は画面を見守る長い最初のワンカット。新婚カップルがアメリカに入り、キスを交わした瞬間に爆発が起き、車が炎上しているカットに変わるのだ。映画史上に残るオープニングと言われている有名なカットだ。納得である。

さらにぶくぶくと奇妙に太り、杖を突いて歩く異形なる顔の悪徳刑事クインランをオーソン・ウェルズは凄い迫力で演じている。この刑事像もまた、映画史に残る異形の刑事と言えるだろう。不自由な足で何かを感じるというこの直感で動く奇妙な剛腕刑事は、これまで数々の事件を解決しつつも、証拠を捏造して違法捜査で犯人を挙げてきた男だ。過去に妻を絞殺され、犯人を取り逃がしたのはその男一人だと述懐する。酒に溺れていた因縁めいた過去が、ジプシー占いの女(マレーネ・ディートリッヒが友情出演!)との会話でほのめかされる。そして酒をやめて甘いものを食べ過ぎて見分けがつかなくなるほど太って、この酒場の占い女と事件直後に再会する。

物語はこのアメリカとメキシコの国境で起きた爆発事件の捜査をめぐって、アメリカの刑事クインラン(オーソン・ウェルズ)と現場に居合わせたメキシコの麻薬捜査官バーガス(チャールトン・ヘストン)の対立が軸となる。バーガスはオープニングの新婚カップルであり、郊外のモーテルで休む妻のスーザン(ジャネット・リー『サイコ』でも襲われていました。)にチンピラたちの魔の手が忍び寄る。メキシコのヤクザ一味がクインランと組んで彼女を麻薬常習者に仕立てようというのだ。やや物語が間延びしていたり、プロットが錯綜してうまくいっていない部分もあるが、映像と役者たちを見ているだけで十分楽しめる。

冒頭の移動撮影だけでなく、ワイドレンズを使ったアップ(特にオーソン・ウェルズのアップは凄い!)や、妻のスーザンが襲われる場面の光と影の使い方、ホテルのエレベーターをうまく使った会話や容疑者を尋問する室内での長回しカット、スーザンがベッドで気を失う傍らで繰り広げられる殺人場面、ラストの夜の石油掘削機や橋での盗聴場面などなど、随所に映像センスが冴え渡っている。

ラストは、マレーネ・ディートリッヒの占い女が再び現れ、クインラインを愛していたのは私ではなく、彼を殺した部下の男メンジース(ジョゼフ・キャレイア)だと言うのだ。悪徳刑事とそれを支えた部下との愛憎。

妻のスーザンが襲われた郊外のモーテルの神経症的な管理人(デニス・ウィーバー)、メキシコヤクザのオヤジはハゲでカツラをかぶっていたり、異様なる怪しげなキャラクターが次々と登場し、見るものを不安な気分にさせる。これはまさに犯罪カルトムービーだ。

この作品は、ユニヴァーサル・スタジオによって改ざんされた短縮版(95分)と完全版(108分)があるそうだ。完全版が見たい。


原題: TOUCH OF EVIL
製作国: 1958年アメリカ映画
上映時間: 95分
製作: アルバート・ザグスミス
監督・脚本: オーソン・ウェルズ
原作: ホイット・マスターソン
撮影: ラッセル・メティ
美術: アレクサンダー・ゴリツェン、ロバート・クラットワーシー
音楽: ヘンリー・マンシーニ
キャスト: チャールトン・ヘストン、ジャネット・リー、オーソン・ウェルズ、エイキム・タミロフ、ジョアンナ・ムーア、レイ・コリンズ、ジョセフ・コットン、デニス・ウィーバー、マレーネ・ディートリッヒ

☆☆☆☆☆5
(ク)
スポンサーサイト

テーマ : TVで見た映画
ジャンル : 映画

tag : ハードボイルド ☆☆☆☆☆5

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
232位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
111位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター