「市民ケーン」オーソン・ウェルズ

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言わずと知れた映画史上に残る名作『市民ケーン』である。久しぶりに見直してみた。

「薔薇のつぼみ」という新聞王ケーンの死の間際で語られた言葉で始まり、その言葉の謎を追い求めていくうちに謎は謎のまま分からず、暖炉に投げ入れられた子供時代のソリに書かれてある「薔薇のつぼみ」の文字が燃えていくうちに終わるという映画だ。ヒッチコックがよく言うところのマクガフィン(物語を推進するための仕掛け)が「薔薇のつぼみ」である。

ハリウッドに絶大な影響力誇る新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにして権力者の栄光と孤独を描いた映画だ。自分しか愛せなかった男の孤独な最後。幼き日の母との思い出、愛されなかった幼少時代の悔恨と愛の渇望・・・。ニュース映像やインタビューなどを使ったドキュメンタリー的手法も使いながら、謎を調べつつ一人男の人生を描き出す構成、脚本とも見事である。そして、なりよりも撮影技法が素晴らしい。弱冠25歳のデビュー作でこんな映画を撮ってしまったのだから、まさに天才だ。

光と影を効果的に使ったコントラストの強い照明、シルエットの多用、有名なパン・フォカースをはじめ廃墟のような豪邸の奥行きのある撮影、鏡を使った幻想的なカット、レール移動撮影を駆使したワンカット長回しやクレーンショット、ロー・アングルやワイドレンズの異様なカットやクローズアップ、時間移動の編集カットなどなど、撮影技法、照明、編集技術、あらゆる面でチャレンジ精神溢れる映画だ。

しかし、何よりもオーソン・ウェルズは、この映画を撮ることそのものが挑戦的であり、挑発的だったのだ。オーソン・ウェルズは1936年、21歳でニューヨーク演劇界に彗星のように登場、1938年には彼のラジオドラマ「宇宙戦争」があまりの迫真の演出に多くの聴衆が本当に火星人が襲来したニュースなのだと勘違いし、全米がパニックに陥った・・・というのはあまりにも有名な話だ。1939年、24歳にして創造上の自由をほぼ完全に認めた破格の契約で俳優・監督・プロデューサーとしてハリウッドに乗り込んだウェルズは、ハリウッドでも絶対的な権力者として恐れられていた新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストを挑発するような過激な映画を作った。

ウィリアム・ランドルフ・ハーストは、メディア王として絶大な権力を持ち、絶頂期は日刊紙22、日曜紙15、雑誌7、ラジオ局5を手中にし、アメリカを操ろうとした男だった。炭坑を所有する富豪の息子として育った彼は、映画と違って10歳のときに母とヨーロッパ中を旅行したというお坊ちゃんだった。サンフランシスコ・エグザミナーという新聞社を手に入れ、発行部数を伸ばすためにイエロージャーナリズムと呼ばれる事実よりもセンセーショナルに報道し、大躍進を遂げた。そのイエロージャーナリズムが1898年の米西戦争の引き金にもなったと言われている。NY市長やNY州知事にも立候補したが、スキャンダラスな新聞王は政治的には成功しなかったらしい。

カリフォルニアに970㎡もの敷地に巨大で悪趣味なお城を作り、そこには動物園もあったらしい。そして、ショーガールだったマリオン・デイビスを愛人にし、映画会社を買いたたき、彼女主演の映画を次から次へと作らせた。メディアで大々的に宣伝し、彼女を褒めちぎるレビューを書いたが、一般には大根女優と言われていた。このへんは映画とほぼ同じ話です。そして、ハーストは「愛人マリオンのアソコの事を薔薇のつぼみちゃん(rosebud)と呼んでいた」と言うのだ。オーソン・ウェルズは、その話を聞きつけて「薔薇のつぼみrosebud」を使って『市民ケーン』を使ったらしい。なんという強烈な皮肉だろう。この辺の事情は、映画『ザ・ディレクター <市民ケーン>の真実』(1999年)に詳しいらしいが、未見です。

映画を見て怒ったハーストは、フィルムを抹殺しようとまでしたらしい。ハーストの妨害工作のために興行的に『市民ケーン』は大失敗。ウェルズはその後50年にも及ぶ映画人生のスタートでつまずいた。映画会社はやがてこのトラブルメーカーを敬遠し始め、遂にはハリウッドでは映画を作れなくなり、資金作りに奔走し、三流映画に出演していったと言われている。

火星人襲来で人々を驚かせたイタズラ好きのオーソン・ウェルズは、ハリウッド映画人も恐れるメディア王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをとことん挑発する映画を作り、しかも完璧な映画術を駆使して見事な映画を完成させた。その事実に、映画史上ナンバーワンという栄誉を人々は、この『市民ケーン』に人々は与えて続けているのかもしれない。

最後に、たった25歳の若さで、若く意気盛んな青年期、権力を手にして傲慢になっていく中年期、そして孤独に老いていく老年期を演じ分けたオーソン・ウェルズの演技力をあらためて称えておきたい。


原題:CITIZEN KANE
製作国: アメリカ (1941)
監督: オーソン・ウェルズ
製作: オーソン・ウェルズ
脚本: ハーマン・J・マンキウィッツ、オーソン・ウェルズ
撮影: グレッグ・トーランド
編集: ロバート・ワイズ
音楽: バーナード・ハーマン
出演: オーソン・ウェルズ、ジョセフ・コットン、ドロシー・カミンゴア、エヴェレット・スローン、アグネス・ムーアヘッド、ルース・ウォリック、レイ・コリンズ、アースキン・サンフォード、ウィリアム・アランド、ポール・スチュワート、ジョージ・クールリス

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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