「こうのとり、たちずさんで」テオ・アンゲロプロス

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札幌の蠍座で、先日映画撮影中に事故で亡くなったギリシャの映画監督テオ・アンゲロプロスの追悼上映があるというので、映画館でアンゲロプロスを観れる喜びをかみしめつつ行ってきた。しかも未見だった『こうのとり、たちずさんで』だ。

国境を描いた作品だ。ギリシャとアルバニア国境の橋の中央に、三色に色分けされた国境線がる。その国境線をまたごうとして足を宙に浮かせたまま、コウノトリのように立ち止まる。渡り鳥には国境はない。しかし、人間のこの世界では国境をめぐっていまだに争いが続いている。複雑に民族が入り組んでいる土地において、国境とは何か?あらためて考えさせられる。原題は「こうのとりの宙吊りになった歩み」というような意味だそうだ。まさにこの写真のような仕草のことである。

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舞台となったギリシャ北部のフロリナという土地は、アルバニア、マケドニアとギリシャの3つの国の国境地帯である。トルコ人、クルド人、ポーランド人、ルーマニア人、アルバニア人、イラン人など、国境を越えて難民が行き来する。入国許可が出ない難民は、足止めを食らいつつ、電柱に昇って電線の修理をしている。

国境の難民取材に訪れているTVリポーターのアレクサンドロス(グレゴリー・カー)は、ジャガイモ売りの初老の「男」(マルチェロ・マストロヤンニ)が、かつて失踪した「大物政治家」と同一人物ではないかと思い、調べ始める。「大物政治家」の夫人(ジャンヌ・モロー)は、当初取材協力を断るが、のちに、留守番電話に残された夫の最後のテープを持って現れる。その最後の夫の声は、妻のことを気遣いながらも「無は無でしかない」と語る。当時期待されていた大物政治家は、演壇で「時には、雨音の背後に音楽を聴く為に、沈黙が必要なのです」と言い放ち、そのまま失踪した。ここには、政治への絶望と虚無と自然の声に耳を傾ける沈黙がある。これはテオ・アンゲルプロスの思いなのか。

映画は、ジャンヌ・モロー夫人が国境の町までやってきて、そのジャガイモ売りの男と会う。TV局クルーによって撮影されたモニター越しに、カメラはジャンヌ・モローヘズームインする。アンゲロプロスにしては珍しいアップだ。彼女は「違う。彼じゃないわ」とつぶやく。結局、映画ではこのジャガイモ売りの男が、失踪した大物政治家だったのか、アルバニアから亡命してきた別の男だったのか、わからずじまいだ。

そして、その男の娘とアレクサンドロスの不思議な出会いも描かれる。長い長いワンカットの中で、異様なまでにアレクサンドロスのことを見つめ続ける女の視線。この視線のカットはちょっと異様だ。何度もこのアレクサンドロスと娘の視線の交錯が描かれるが、言葉は何も交わされない。川を越えた国境越しに、同じ村のアルバニア人同士で結婚式が行われ、このアルバニア人の娘がその花嫁になるのだ。この川越しの無言の結婚式の場面も凄い。川の向こうから、わらわらと現れる黒い人影たち。その黒い村人たちの群れから、一人の花婿が現れる。そして、川を隔てたこちら側での花嫁と村人たちとの対峙。神父が自転車で現れ、結婚式が無言のうちに行われるのだ。そして、遠くで聞える銃声とともに一斉にいなくなる村人たち。再び現れる花婿と花嫁…。結局、この娘がなんだったのかも映画では明らかにされない。この結婚式は単なる儀式だったのか、本当の花嫁で二人は共に暮らせるのか、離れ離れのままなのか。娘はなぜ、アレクサンドロスに執拗な眼差しを送ったのか。

すべてがあいまいに宙づりにされたまま、こうのとりが国境線で足をあげたまま踏み出せないように、電信柱の上で作業をする黄色い作業服の男たちも、飛び立てない鳥のように宙に留まり続ける。電信柱は墓標のようだ。

曇天ばかりの寒々しい風景、圧倒的な長廻しとロングショットの数々。沈黙のままの川越しの結婚式の村人たちの動き。ホテルのがらんとした食堂と「Let it be」。クレーンで空中高く吊り下げられたクルド人の死体、鳥の鳴き声のように叫び続けるクルド人たち。そして、国境に足止めされた電信柱に昇る黄色い作業服の男たち。

国境を警備する大佐が言う。「混沌だ。悪魔にだって分からん。自由になろうと国境を越えて来たのに、別の国境でがんじがらめだ。争うのがクリスチャンとモスレムか、トルコ人とクルド人か、革命派と反動派か、何も分からん」。「国境は、越えることよりも越えてからのほうがよほど過酷なんだ。ここでは、何もかもが普通ではない。狂ってしまう。」

ジャガイモ売りの謎の男は、国境付近で、またしても行方をくらました。彼を最後に見た男の子が言う。「河の上を歩いていったよ」と。男は何者だったのか?謎は謎のままで終わる。

マルチェロ・マストロヤンニとジャンヌ・モローの共演は、ミケランジェロ・アントニオーニの『夜』(1961年)以来だという。

なお、この映画を撮影中、司教による妨害事件があった。ギリシャ・フロリナ地区の司教は「この映画を撮ることは許されないであろう。何故ならそれは、愛国心も道徳心もない作品であるからだ」と声明を発表し、「アンゲロプロスと一緒に働く者は、全員、ギリシャ正教から破門する」と脅しをかけた。二ヶ月にわたり、司教と狂信者による、野外撮影の妨害や脅迫は続いた。その際、世界中の映画監督、黒澤明、ヴィム・ヴェンダース、大島渚、マーティン・スコセッシ、タヴィアーニ兄弟らが、連帯表明の激励の電報を打ち、のちに「何よりも有り難かった」とアンゲロプロスは語っている(ヴァルター・ルグレ『アンゲロプロス~沈黙のパルチザン』より)。

作品題名: こうのとり、たちずさんで
原題: TO METEORO VIMA TU PELARGU
年度: 1991年
時間: 142分
製作国: ギリシャ・フランス・スイス・イタリア合作、ギリシャ映画

監督:テオ・アンゲロプロス
製作:ブリュノ・ペズリー、テオ・アンゲロプロス
脚本:テオ・アンゲロプロス、トニーノ・グエッラ、ペトロス・マルカリス
撮影:ジョルゴス・アルヴァニティス、アンドレアス・シナノス
音楽:エレニ・カラインドロウ
出演:マルチェロ・マストロヤンニ、ジャンヌ・モロー、グレゴリー・カー、イリアス・ロゴティス、ドーラ・クリシクー

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