「ペスト」 カミュ

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北アフリカのオランという港町に突然ペストの病気が蔓延して、すぐに終わるだろうと思った病気の流行はなかなか終わらず、いつまでも人々は町から出られないまま閉じ込められ、交通も通信も遮断され町が孤立する話です。小説といえるほど、物語は起きず、人物描写が闊達ではなく、ペストの町の記録であり、人々の停滞の物語です。どこかカフカの行き詰まり感にも似たような停滞。

東日本大震災が起きて、原発事故があり放射能で町は汚染された。いつ終わるともしれない病原菌や放射能、戦争など理不尽な病にこの世界は覆われる。日常が非日常となり、それもやがて日常となる。そういう不条理な状況の中で、いかに人は誠実でいられるかの物語でもある。

記録者はペストに最前線で接し続けてきた医師・リウー。彼は患者を看続けながら、逃げることなくペストと対峙し、行動し続ける。そして、リウーの兄弟のような存在の親友がタルー。タルーは検察官である父親の死刑の論告求刑に立ち会って、トラウマとなり、政治運動に加わる。

僕は、自分が生きている社会は死刑宣告という基礎の上に成り立っていると信じ、これと戦うことよって殺人と戦うことができると信じた。(中略)もちろん、われわれだって、必要な場合があれば、処刑を宣告していたことは、僕も知っていた。しかし、こういったいくつかの死は、もう誰も殺されることのない世界をもたらすために必要なのだと僕は聞かされていた。これはある意味ではまあ真実だし、それに結局僕は、この種の真実をあくまで信じ通すことができないたちなのかもしれない。確かなことは、僕が躊躇していたということだ。(P371)


レジスタンス運動で殺人を正当化すること、「自分が何千という人間の死に間接に同意していたということ」への疑問や躊躇。そして「僕が人を殺すことを断念した瞬間から、決定的な追放に処せられた身となった(P377)」。そして「心の平和」に到達するために「共感」し、「聖者になろう」とする。しかし、タルーはペストの町でペストに罹患して死んでしまうのだ。

一方、たまたまこの町に来ていて町から出られなくなった新聞記者ランベールは、町とは無縁の人間であり、恋人と引き離される理不尽さを訴え、町を脱出しようと試みる。しかし、ランベールはいつしかこの町にとどまる決意をする。「自分一人だけ幸福になるということは、恥ずべきことかもしれない」(P307)と。人々を見殺しにする幸福よりも、この場所にとどまり、友との連帯を選び、タルーが組織した市民保健隊を手伝うことにするのだ。

また逮捕に怯える犯罪者のコタールは、ペストに町の人々が罹ることで、人々が同じ境遇になることで孤独から解放される。しかし、ラストでペストが去ってしまい町の人々が幸福に浮かれていると、町に人々に向けて銃を発砲するのだ。また、ひたすら文章を書き続けるグラン、厳格な秩序の信奉者が、子供の死によって変わっていくオトン判事、ペストに神の懲罰を見、悔い改めよと説教していたパヌルー神父が「自分に理解できないことを愛さねばならない」と考えを変え、死を静かに受け容れていく場面など、ペストを通じて何人かの人物たちの変化や物語が描かれる。

人々は、この不条理な状況を少しづつ受け容れていくのだ。非日常を日常に変えながら、人々の痛みとともに生きていくこと。誠実に行動し続けることの意味をカミュは問うているような気がする。

「これは誠実さの問題なんです。こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです。」「どういうことです、誠実さっていうのは?」「一般的にはどういうことか知りませんがね。しかし、僕の場合は、つまり自分の職務を果たすことだと心得ています」(P245 リウーとランベールの対話)


あなたがたは一つの観念のために死ねるんです。それはありありと目に見えますよ。ところがです。僕はもう観念のために死ぬ連中にはうんざりしているんです。僕はヒロイズムというものを信用しません。僕はそれが容易であることを知っていますし、それが人殺しを行うものであったことを知ったのです。僕が心をひかれるのは、自分の愛するもののために生き、かつ死ぬということです。(P244 ランベール)


誰でもめいめい自分のうちにペストを持っているんだ。なぜかといえば誰一人、まったくこの世に誰一人、その病毒を免れているものはないからだ。そうして、ひっきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまうようなことになる。自然なものというのは、病菌なのだ。(P376 タルー)


ペストはいつでも起きるし、私たちは病原菌をまき散らしているのかもしれない。あらゆる人々は死刑宣告を受けたものたちであり、死の前で平等でもあるのだ。そのことに自覚的であるかどうか。人々から切り離されて、自分だけが特別であり部外者なのか?それとも人々とともにあるのか。ペストという悪は、自分たちの外側にあるのか、それとも自分たちの中にあるのか?いろいろなことが考えられる。
太陽の光と海が美しく静かに描かれている。

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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