「風にそよぐ草」アラン・レネ

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ナチ強制収容所のドキュメンタリー『夜と霧』(1955年)、マルグリット・デュラス原作の『二十四時間の情事』(1959年)、アラン・ロブ=グリエ原作の『去年マリエンバートで』(1960年)のアラン・レネ監督である。最近作はほとんど観ていなかった。だから本作がどんな作品なのか、久しぶりに観るアラン・レネに興味津々だった。

まったくヘンテコで軽妙な恋愛喜劇である。ラストはキツネにつままれたような唐突さだ。面白いと言えば面白くも観れるのだけれど、なんだこりゃ?という映画でもある。絶賛したい映画ではないが、この一筋縄ではいかない89歳のアラン・レネの遊び心に一部の映画好きはクスッと笑ってしまう映画と言ったらいいだろうか。まぁ、あまりオススメはしません。映像と物語に戯れてください…という映画です。

1996年にクリスチャン・ガイイの書いた小説「ランシダン」が原作(集英社文庫「風にそよぐ草」 河野万里子訳)。映画の原題は「Les Herbes Folles」、「狂った草」という意味だ。アラン・レネは、インタビューに答えて、「不可解な行動を起こす登場人物たちは、アスファルトや石壁の裂け目から芽を出して伸びる草のようだから」と表現したという。冒頭、その通りにアスファルトの裂け目から芽を出した草たちが映し出される。そして、歯科医の中年女性マルグリット(サビーヌ・アゼマ)の靴が映し出される。靴屋で好きな店員に靴を選ばせて買うことの愉しみがナレーションで語られる。カメラは彼女を正面からとらえない。彼女の顔はなかなか見えない。買った赤い靴。そして赤いクセ毛。そして、ローラースケートの男が彼女の黄色いバッグを後ろからひったくる。宙に舞う黄色いバッグ。

今度は腕時計。電池交換する初老の男ジョルジュ(アンドレ・デュソリエ)。ジョルジュは、「この女は時計の時間をめちゃめちゃにしてしまうだろう」と独白する(この言葉に意味はあるのか?)。さらに駐車場で見つける赤い財布。黒い下着が白いパンツから透けて見える派手な女二人に、悪態をつくジョルジュ。男の性的な妄想と過去の犯罪歴が示唆される。いったいこの男は何者なのか?拾った財布にあった飛行機操縦免許の身分証明書の写真で、持ち主の女性のことが気にかかり、直接電話して届けるか、電話口でどのように話をするか、とグチグチ悩む。結局、警察に届けるのだが、その行動が怪しげだ。過去の犯罪がばれたかと心配したりもする。そして、彼女からのお礼の電話に「それだけ?」という冷たい反応。そして後悔・・・。よくわからない男だ。

この男の妻と紹介される女・スザンヌ(アンヌ・コシニ)も不思議な存在だ。妻らしくないのだ。はたして本当に妻なのか?娘と思えるような歳の差。マルグリットが電話をかけてきても「待っていたの」と言い、妻の嫉妬の感情を見せない。ジョルジュは妻に先立たれた哀れな独身男で、スザンヌは娘で、父を心配して家にやってきているだけなのか?だとすると娘や息子が現れた一家団欒のシーンはなんだろう?このジョルジュの家族関係が不可解なのだ。

ヘンなシーンは他にもある。マルグリットの友人ジョゼファ(エマニュエル・ドゥヴォス)とともにマルグリットがジョルジュの家に来た時に、ジョゼファとジョルジュが車の窓越しにキスをしたりする。そして二人で家に入ってきて、なにやら複雑な関係になりかけても、物語は発展せず素通りする。

ストーカーのように、拾った財布の持ち主マルグリットに電話や手紙でしつこくつきまとうジョルジュの変態ぶりや妄想ぶりの異常さ。それを警察に相談し、なんの反応も無くなった途端に気になりだして、後半はマルグリットがジョルジュに夢中になるという恋の逆転ぶり。この展開も唐突な感じだ。これがアスファルトからはみ出た「狂気の草」なのかとも思うが、どうもドラマとしてしっくりこない。

そして、ラスト。「二度と会わない」と喧嘩別れした二人に、フローベールの「それでも二人は愛し合っていた」という引用が入り、抱き合って再会した場面で「Fin」の字幕と20世紀FOXのテーマ曲が流れ、かりそめの恋愛物語が終わったかのような遊び演出がある。さらにトイレに行ってズボンのチャックがひっかかって閉められなくなったジョルジュの微妙に笑えるエピソード。それが、操縦桿を握るジョルジュとマルグリット、機内での二人の気まずい視線と重なって、曲芸まがいに飛行機が宙を舞う。飛行機は落ちたのか?そして、カメラが移動していくと家々があり、唐突に母と娘が映し出される。少女が「猫になったら猫の餌が食べられるの?」とつぶやいてFINの文字が出て今度は本当に終わる。まったく、なんじゃこりゃ?である。

この物語はジョルジュという人生の電池が切れかかった男の妄想なのか?ジョルジュの過去には何があったのか?ジョルジュの妻の存在は本当に妻なのか?最後の女の子は誰なのか?その台詞の意味は?そもそもジョルジュは本当にマルグリットと出会ったのか?すべてがなんだか、怪しげになってくる。物語の虚構ぶりに戯れるがごとく、アラン・レネのたぶらかしに観客は当惑させられる。そんな遊び心満点の軽妙なタッチの映画なのだ。

僕はなんだかマルグリット(サビーヌ・アゼマ)の赤毛の髪の感じと彼女の衣装が『星の王子さま』に見えてしょうがなかった。サン=テグジュペリといえば軽飛行機ではないか。この物語は、最初の黄色い鞄が宙に舞うところから始まる浮遊の物語に思えてくる。足元の雑草がコンクリートからはみ出し、靴、落ちた財布・・・それらのモノたちが、ふとしたことで歯車が狂い、鞄が宙を舞うように、ジョルジュのなれなかった飛行機乗りへの夢を実現するかのように、物語が共振して動き出し、虚構の妄想が宙を舞っているのだ。曲芸のようにくねくねと回転しながら。そう考えると、あの赤毛のマルグリットは、空から落ちてきた「星の王子さま」という幻想なのかもしれないと思えてくる。こんな奇妙な見かたもできてしまうヘンテコな映画だ。

映画『トコリの橋』を観た後でジョルジュが言う台詞が印象的だ。

「映画のあとでは何も驚かない。あらゆることが起こりうる。すべてが自然に起きるんだ」





原題 Les herbes folles
製作年 2009年
製作国 フランス
配給 東宝東和

監督 アラン・レネ
製作 ジャン=ルイ・リビ
共同製作 バレリオ・デ・パオリス
製作総指揮 ジュリー・サルバドル
原作 クリスチャン・ガイイ
キャスト:サビーヌ・アゼマ、アンドレ・デュソリエ、アンヌ・コンシニ、エマニュエル・ドゥボス、マチュー・アマルリック


☆☆☆☆4
(カ)
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