「どんどん沈む日本をそれでも愛せますか?」内田樹・高橋源一郎

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『沈む日本を愛せますか?』の続編である。いつもの3人(編集者・渋谷陽一も入れて)のトークである。原発事故のこと、尖閣問題などの領土と国家、橋下徹現象について、戦後の物語としての『青い山脈』、3.11後の新しい日本の物語とは?、戦後文学論、身体論、教育論など縦横無尽にいつものように語り合っている。ただ、取り立てて新しいことは言っていないので、どこかで読んだことのあるような話ばかりで新鮮味はない。軽く読み流すような感じで楽しめばいい本だ。

内田がよく言うのは、キーワードは「身体性」ということだ。「生身の固有名でできる範囲内で仕事をするっていうこと。生身の射程を超えることについてはもう少し抑制的になるべき」だと。新しいものは観念ではなく、身体性から出てくる。高橋は戦後文学で女性一人称口語語りの太宰治の『斜陽』を挙げる。フィジカルな言語としての口語の新しさ。性欲とか暴力衝動はイデオロギッシュだけど、「だるい」とか「眠い」「寒い」などの身体感覚は、有用性であり可傷性だから信じられる。数量に限りがあり傷つきやすい身体的有限性こそ、イデオロギーに対して抑制的に働くのだと内田は強調する。

欲望もまた身体性こそが大事なのだ。身体性がなくなると抽象化、記号化され、際限がなくなる。バブル期の欲望とはまさにそういうものだった。今こそ、身体性を見直すべきなのだ。

内田:身体の欲望ってあるレベルを超えられない。身体の欲望の対象は手の届く範囲。その欲望が肥大化すると、記号性が高まって抽象的になる。記号的な欲望にはリミッターがかからない。欲望が抽象的、記号的になるにつれて、破壊されるものが幾何級数的に増えていく。(P205)



高橋は語る。近代文学は近代国家というシステムを容認するため、共同体で生きる人間の物語を創ることが目的だった。ただその共同体の在り方が変わってきた。家という桎梏がなくなり家族が壊れた。家を出る物語も共同体との葛藤もなくなってきた。そこで、幽霊とかもう一つ別の共同体とかを提示する物語が増えてきた。

内田:ただ、いつも文学の最優先のテーマが幽霊であるのと同じように、哲学もそうなんだよ。フッサールの超越論的主観性も、ハイデッガーの存在も、レヴィナスの他者も、全部幽霊なのよ。もうそれは世界共通のというか、人類普遍のことであって、手触りがあって、これが現実だと僕らが思っている現実が、本当は現実の全部じゃなくて。その周りにカッコがある。自分たちの“現実性”みたいなものを成立させている外側があるっていうことは、みんな知ってるの。
(中略)
高橋:近代文学は「この世界」が中心だった。この、目に見える世界、これをどうするかっていう問題を扱ってきたと思う。(P118)


高橋は、現代の文学を「この世界の共同性とは違う共同性がある」、「他者とどのようにコミュニケートするか」とは、「今ない共同体を再構築するためのモデルは、現実の世界ではなくて、外部にある。幽霊がそれを知っている」ということを描いているのだ、と語る。

内田:死者たちの思いっていうもの継承したり、彼らの夢をつないでいったりっていうような形で、死者の声を聞く、あるいは恨みを聞き取っていく。それを、まだ生まれていない次の世代に送っていくって考えた場合に、死者の声と、まだ来たらぬ子孫の声みたいなものが、輻輳してるわけで。平凡な共同体といえども、他者を含まずには成立しないんだと。
高橋:だから、他者はひとつの時間なんだよね。普通、共同体っていうと空間だと思うけど、時間なんだよ。(P120)


内田:先行世代から受け継いだものを、どういうふうに受け止めて、どう伝えていくか?その過渡的な存在であるという意識が必要。人類の叡智の歴史、芸術的感性の歴史の中の、ある瞬間的な点を自分たちが形成していて、自分が環の一部であるという断念と大きな使命感。

内田:「すべからく人はこうせねばならぬ」じゃなくて、僕がやらないと他の人がやらない仕事があったら、それは自分がやろう、っていう風に考える。

コーリング=天職。ヴォケーション=召命。

内田は、「霊的なものに対する畏怖とか、未来の人たちに対する贈与とか、『今ここに存在しないもの』に対する想像力が、今の日本のビジネスマンにはない」と語る。いま日本人が再考すべきなのは、「先人からの贈り物を受け継いで、それを享受し、消費しながら生きてきていて、それに何かを加算して、次の世代に贈らなきゃいけないという考え方だ、と。(P166)


山口県上関町の祝島では、30年間、1400回以上、反原発のデモをやっている。高齢のじいちゃん、ばぁちゃんが夕ご飯の支度しながらデモ。男は漁業、女は農業、補償金はいらない。金が不必要な暮らし。相互扶助の地域の暮らし。

高橋:だから右肩上がりの発想は、自分が不死だという幻想に近いんじゃないかな。祝島って、原発に関しては止めてるから、ある意味勝ち戦をしている。でも、それによって島の人口が増えたりとか、若い人がいっぱい入ってきて盛んになるなんてことはない。だいたいこの国自体が、そういう衰退の相に入っているからね。その代り、どうやって楽しく負け戦をしていくかっていうことが、大人の知恵になると思うんだ。それは実は、祝島でも都会でも変わらない。(P243)


今後の日本が目指すべき地域共同体のあり方としての祝島。楽しい負け戦。

内田:企業はどんどん収益を上げる一方で、巷にはどんどん失業者が増えてゆく。もちろん、生産性の非常に高い産業は必要なんだよ。でもさ、それと並行して、生産性が低いんだけど、その代り大量の雇用を必要とする産業があって、そのふたつが両輪のようになることで国民経済は安定するんだよ。収益と雇用は車の両輪なんだけど、今の日本のグローバリストって、生産性が低いところは全部つぶせって発想でしょ。そういうものは外国から買えばいい、と。(P251)


1950年代の日本は国民の50%が農林水産業に従事してのが、今、5%。
富裕層が小集団になればなるほど消費活動は鈍磨する。消費は「みんなが適当に小銭持っている」時がいちばん活発で、格差が拡大するとダメになる。


アメリカのマサチューセッツにある、サドベリー・バレー・スクールの事例。4歳から19歳まで、クラスも学年もなく、先生はスタッフ。生徒と対等の関係。子供たちが「教えて」というまで何も教えない。意思決定機関としての議会があり、高速も、経営も、教師の採用や解雇も、生徒とスタッフ全員が投票して決める。学校の中心にあるのが自己決定という考え方。教育は、子供が自ら学びたいと思っている力を見つけて伸ばすことと、そのことについて自分で決定できること。

高橋:橋下さんのいうようなリアリズムは、人間は利己的なものなんだ、ということと一体化している。この学校の実験だと「人間は本来、利他的なものなんじゃないの?」と思えてくる。上の生徒が下の生徒を助けるとか、自然に覚えるとか。恫喝しなくても、競争させなくても、社会ではこういうものが求められると教えなくても、ある時期が来ればみんな勉強する。(P283)

内田:人間とはこういうものであるとか、学校はこういうもんであるっていう、社会におけるドミナントなイデオロギーを遮断しないと教育はできない。教育に必要なのは「温室」「忍耐力」「おせっかいする」こと。

内田:学校教育とは、周りの社会とは違う空気、多様な価値観の中で生きなきゃいけない。複数の価値観の併存が許される、特権的な空間で教育は行われなければいけない。「人間はこうだ」「社会ってこうだ」じゃなくて、「人間って、よくわからない」でいい。いろんな人間がいて、いろんな価値観があり、いろんな才能があり…。」(P288)


3.11以降、二人は「何かしないとまずい」と思うようになった。次の世代につなげていく責任。かつて彼らが戦ってきたパターナリズムとしての「父」的存在とは違う「おばさん的父」、フェミニンな父親として、彼らは語り続けるのだという。

(と)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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2016年ベスト10
<洋画>
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    クリーピー 偽りの隣人
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    インヒアレント・ヴァイス
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    海街dairy
    岸辺の旅
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2014年ベスト10
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    エレニの帰郷
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      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
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    9、千年の祈り
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    3、川の底からこんにちは
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2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
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<日本映画>
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