「夢売るふたり」西川美和

ユメ

なんとも複雑な思いにさせられる映画だ。とても共感もできないし、スカッともしない。結婚詐欺コメディでもないし、かといって犯罪悪女ものとも違う。人ってのは複雑だよねぇという映画だ。

松たか子は、『告白』で無表情で怖い女を演じたのに続いての悪い女の役である。ただこの映画の里子は、夫の貫也(阿部サダヲ)のことを思っている可愛い女という面もある。二人で切り盛りしていた居酒屋を火事で焼失し、健気にラーメン屋のバイトで意気消沈の夫を支える妻。健気ながんばり屋の妻に夫は逆にプレッシャーになっていく。ところが、夫がある女と浮気をしたことをキッカケに里子は変わる。この場面が何ともいい。札束をガスコンロで燃やしつつ、それを風呂場でぶちまける。素足で蛇口を動かして夫が入っているバスタブに熱い湯を入れ続ける。女は夫の性格を利用して、寂しい女たちを騙す結婚詐欺を思いつく場面だ。

西川美和という監督は、『蛇イチゴ』では香典泥棒を宮迫博之に演じさせ、『ディア・ドクター』では笑福亭鶴瓶にニセ医者をさせた。そして今回は結婚詐欺に阿部サダヲだ。いずれも情けないダメ男のお人好しぶりがなんとも哀れで巧みだ。セコい犯罪なのだ。本物になれないニセモノ。あるいは意図的ではなく、結果的にニセモノになっていく男たち。しかし、ニセ医者は現実でも事件になっているし、結婚詐欺は昔からの王道の犯罪だが、最近でも結婚したい寂しい女につけ込む事件は起きている。弁護士や医者を語るのではなく、優しく誠実に見える男が事件を起こしている。現実と妙にシンクロしているのが時代感覚をうまくとらえているのか。いずれにせよ、セコイ憎めない犯罪者がよく出てくる。この夫婦も犯罪者ではあるが、夫の阿部サダヲはバカな優しさだけが取り柄の単純な男だ。阿部サダヲにしかできない役かもしれない。

この映画で最も僕が驚いたのが、松たか子演じる里子が生理ナプキンを装着するシーンだ。こんなシーンいるの?と多くの女性が不快に思ったかもしれない。いや女性監督でしか描けない女の複雑な思いなのだろう。排卵するために毎月やってくる女性の宿命。少し前に彼女の自慰シーンもある。FAX音で中断され、ティッシュで拭くあたりまで描くのがまたリアルなのだけれど、夫を愛人とセックスさせておいて、彼女自身が複雑な思いを巡らす場面だ。この映画では、夫婦がセックスする場面はいっさいない。女の元から帰った夫と一緒に眠るシーンだけだ。この里子には、女性の性への憎悪や嫌悪があるのかもしれない。寂しい女を騙しつづけることの妻の怖さを夫は感じていくが、そこには妻・里子の複雑な思いがある。寂しさから愛の幻にすがりる女、そんな女の股ぐらに顔を突っ込む男、セックスでお互いに慰められる関係、そんな男女関係そのものへの復讐とも呼べるような愛憎。

ただ、女性ウエイトリフティング選手のエピソードは必要だったのかなと疑問に思う。この映画は少し長い。多くの出演者が次から次へと出て来るし、関係が広がり過ぎているような気がする。『蛇イチゴ』や『ゆれる』は家族や兄弟の狭い世界の映画だった。だから密度がとても濃かった。それが『ディア・ドクター』から広い関係の世界を描くようになり、この『夢売るふたり』も夫婦を描くには登場人物やエピソードが拡散しすぎじゃないだろうかと思った。愛人に突然死なれた鈴木砂羽、結婚願望の強い田中麗奈、そして風俗嬢の安藤玉恵、最後に子持ちの木村多江のエピソードで十分だったのではないか。純情な女で前向きな女の子のウエイトリフティング選手(江原由夏)まで騙すの?いう里子の悪意を描く意味はあったのだけれど、やや別の話になってしまったような気がした。いや、里子の悪意そのものが描けてはいない。頑張る前向きな彼女への冷ややかな思いがなければ、里子の思いは観客には届かず、ただただ宙を舞うばかりだ。里子自身にもわからない複雑な思い。もっともっと男と女の性と業のようなものへと降りていく映画になっていれば、もっと深みがあったはずだ。操る女と操られる男、その関係がどう捩じれていくのかがもっと見たかった。

いずれにせよヒューマンドラマのようでありながら単純な物語にせず、冷たく突き放し、悪意や復讐などの複雑で怖い部分も描きつつ人間を見つめる西川美和監督の視線の確かさは興味深いものがある。さらなる次回作が楽しみであることに変わりはない。

淡々とした音楽と時折挿入される街の風景がとても効果的に使われていた。


<追記>
西川美和のインタビュー記事を読むと、まず最初に「ラーメン屋のガラス越しの夫婦の目配せする場面が最初に浮かんだという。

最初はこういう映画を撮りたい、とふと浮かぶところからなんです。この映画でいうと、ラーメン屋の湯気がもうもうと立ち込めているなかで、かみさんが一生懸命仕事をしていて、表の戸口のガラス越しに旦那が女達からせしめてきたお金を見せて、お互いが目配せする、という絵がパッと浮かんだんです。これを映画にしよう、と。そんな風に、撮りたい絵が浮かぶのが最初で、そこから、どうやって、それを撮るために話を組み立てていくか、考えます。その画が映画のどこの位置に配置されるのかも含めて。


それを読んで思ったのですが、阿部サダヲ演じる夫はいつも自転車を乗り回していたなぁ、と。夜の商店街を夫婦で仲睦まじく二人乗りするシーンが最初に印象的に描かれます。交番の前で松たか子が降りたりして、まさに幸せそのものの自転車二人乗り。それが、阿部サダヲ一人でフラフラ乗り回すシーンが多くなり、女のところに行くのもいつも自転車。客に断られた風俗嬢まで後ろに二人乗りで乗せるシーンもあります。妻の松たか子はもう後ろにはいない。そう考えると、阿部サダヲは自転車でふらふらと女とのあいだを彷徨う男だった。夫婦の二人乗りの共有の自転車は、彼一人のものになっていった。別の女の家に向かうための自転車に。だから松たか子は、自転車には決して乗らない。最後に乗るものとして選んだのが、市場でのフォークリフトだった。


製作年 2012年
製作国 日本
配給 アスミック・エース
上映時間 137分
監督:西川美和
企画:佐々木史朗、川城和実、弘中謙、遊佐和彦
原案:西川美和
脚本:西川美和
撮影:柳島克己
照明:鈴木康介
録音:白取貢
美術:三ツ松けいこ
衣装:小林身和子
ヘアメイク:酒井夢月
編集:宮島竜治
音楽:モアリズム
キャスト:松たか子、阿部サダヲ、田中麗奈、鈴木砂羽、安藤玉恵、木村多江、伊勢谷友介、古舘寛治、小林勝也、香川照之、笑福亭鶴瓶

☆☆☆☆4
(ユ)
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