「千年の愉楽」中上健次

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中上健次は偉大な作家であることは認識しつつ、恥ずかしながら初期の作品群しか読んでいなかった。 『十九歳の地図』、『枯木灘』、『岬』などだ。中上健次作品は映画化されたものはどれも力のあるものばかりだ。長谷川和彦監督『青春の殺人者』(76)、藤田敏八監督『十八歳、海へ』(79)、神代辰巳監督『赫い髪の女』(79)、柳町光男監督『十九歳の地図』(79)『火まつり』(85)などなど。僕は特に神代辰巳の『赫い髪の女』が大好きだけど、柳町光男が一番 、中上健次的世界を描いているような気がする。彼の多くの作品が魅力的なのは、人間の業ともいうべき世界がそこにあるからだろう。そして最近では、未見だが『軽蔑』が廣木隆一によって映画化され、この『千年の愉楽』も若松孝二が映画化したらしい。もっとほかの監督に映画化してもらいたかった小説だ。失礼ながら若松孝二では、あの豊かな性と聖の土俗性と神話性は描けないような気がする。安っぽい映画になっていなければよいのだが…。青山真治監督あたりに映画化してもらいたかった。

さて、この小説、読んでみるとやっぱり凄い。久々に読んだ純文学的な豊饒さを感じる文章の深みとスケールの大きさだ。紀州・和歌山の路地に住む産婆のオリュウノオバ。あらゆることを記憶し続ける時間を超えた路地の巫女的な存在だ。そのオリュウノオバを通して描かれる中本一統の「高貴な穢れた血」を持つ若者たちの鮮烈な生と若すぎるあっけない死。

中上健次は「路地」という場所にこだわった。これは被差別部落であり、進歩や開発とは無縁の土俗的で限定された空間であり、血の繋がりが脈々とある特権的な場所だ。聖と賤、キヨメとケガレ。生と死が交差する場所。その路地のあらゆる人々を母の胎内から最初に取り出した女こそオリュウノオバであり、路地の原初の母である。すべての血の系統、関係を知り尽くしている時間を超えた存在。文字を知らない物語の語り部だ。そして、彼女はこの世のすべてを受け入れる。殺人も犯罪も窃盗も暴力も性も何もかも。そして美しすぎる妖しげな魅力に満ちた中本の一統の男たちを見続けるのだ。その生の入り口と出口を。数々の物語を。

特筆されるべきは、中本一統の美しき若者たちの獣のような淫蕩なる性の狂乱と暴力、激しい生への渇望、そして唐突なる死だ。さらに彼らの生と死は、自然の神話的世界の幻想と共鳴する。龍や天狗、銀河の天女や鶯やふくろうなど、「この世のものではないモノ」の化身だ。生と死は土俗的な自然神話と交わる。彼らは世界と交感する。そして放埓な性と死でもってこの世界を浄めるのだ。

ひとりひとりの物語が時間を越えて脈々と流れる血と路地の土地と結びつき、大きな神話的物語を形作るのだ。そして路地はどこにでもある。地球の裏側のブラジルにも、アイヌが住む北海道にも、生と死が交わる特権的な場所。そして「この世のものでないモノ」の化身となって、私たちの前に現れているのかもしれない。そんな大きな神話的物語のスケールを感じる小説だ。


(せ)
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