「ライク・サムワン・イン・ラブ」アッバス・キアロスタミ

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イランの巨匠アッバス・キアロスタミが日本を舞台に描いた奇妙な作品。人生の一部をそのままスポンと切り取って、それを実時間のままリアルタイムで撮って見せたような映画。役者は無名の元大学教授のおじいさん(奥野匡)とデート嬢(高梨臨)。デート嬢のストーカー的な乱暴な恋人に加瀬亮。デートクラブの男にでんでんが出ているのが、わずかにフィクション映画らしくしている。

見ていてなんだか居心地が悪いのだ。それはイランの監督が日本を舞台に撮っているからなのか、この映画そのもののフィクションっぽくない作りからなのか、それとも役者の台詞回しなのか、あるいはカメラの撮り方にあるのか、あるいは音の使い方…?フィクションなのだけど妙にリアルで生々しい。この居心地の悪さは、どこか昔に見たNHKの佐々木昭一郎のドラマに似ている。

冒頭、カメラはあるお店の夜の店内を映し出している。ざわざわとした人々の会話から女の子の声がクリアに聴こえてくる。誰かと話している声だ。しかし、画面からは誰が話しているかが分からない。やがて画面の外にいる人物の声らしいことがわかってくる。この映画は、フレームの外から聴こえてくる音の使い方がうまい。音が映像よりも物語を進行させているのだ。しばらくしてやっと、その声の主の女の子が映し出される。携帯電話で話をしていて電話の向こうの男にいろいろと疑われているらしい。そして最初の店内のカットがまた切り返され、彼女の向かいの空席に隣の友達の女の子が座ったり、ほかのテーブルにいた男(でんでん)が座ったりする。その会話がたわいもないムカデのセックスの笑い話だったり、何やらわからない電話のやり取りや男との意味不明の言い合いで、なかなか物語が始まらないのだ。ある意味、リアルな会話であり日常的な映像であり、フィクションらしく物語が展開しないのだ。

この映画は、監督が役者たちにその日撮影するパートだけの台詞を渡して撮っていったらしい。あらかじめ完成台本は役者に渡されず、役者たちもどういう物語の展開のなのかわからないまま演じたという。そして、芝居をすることを極力抑えられたらしい。そこには、虚構のウソと現実の狭間をいつも行き来するキアロスタミ監督ならではの演出がある。

前作『トスカーナの贋作』は、英語とフランス語とイタリア語が飛び交う中で、イタリアの古都を歩く男と女が夫婦を演じ、その嘘と現実の狭間を描いた映画だった。観客は何が本当なのかわからないまま二人の関係を想像しつつ、その演じあう二人を見るだけだった。最後は、トスカーナの古都の鐘の音が物語を終わらせる。そして、この映画もまたラストは割れるガラス窓の音で唐突に物語は終わる。物語的な結末を提示しないままに、映画は音とともに分断されるのだ。

キアロスタミ監督作品の大きな特徴が、時間の切り取り方だ。映画とは時間の編集の芸術であると言われている。時間を自在に操りながら、過去から未来まで時空を展開し、物語を構成していく。場面が変って次々と物語を進めるのだ。しかし、キアロスタミ監督の作品は、どれも時間があまり飛ばない。ダラダラとリアルタイムの時間が流れていくのだ。だから観客は時に退屈になる。場所の展開も変化も起きないからだ。

田舎から東京に出てきたおばあちゃんに会いに行きたいと仕事を断ろうとしたデート嬢・明子だったが、男(でんでん)に無理やり言いつけられた客のもとにタクシーで向かわせられる。タクシーの中でのラジオの音がまたちょっと古臭い歌謡曲で変な感じ。明子はケータイの留守録のおばあちゃんの度重なるメッセージを聴く。そして駅のロータリーで彼女を待つおばあちゃんをタクシーから見て涙する。観客には彼女の涙の意味が今ひとつわからない。物語の背景は想像するしかないのだ。どうやら、おばあちゃんは明子に似たデート嬢のチラシを見て彼女を疑って上京したらしい。そして、タクシーで男の家に着くと、そこには年老いた元大学教授のタカシ(奥野匡)がいる。大学教授は自分の妻と似た女をデート嬢として家に招いたのだ。ここで、明子が部屋に飾ってある絵(矢崎千代二の『教鵡』)の和服の女性に自分が似ているとかつて言われたことを唐突に語り出す。そしてタカシの妻の写真にも自分は似ていると。明子は「似ている女」なのだ。デート嬢という性の幻想を演じる明子は、恋人のノリアキ(加瀬亮)にとってもつかみどころのない疑わしき女だ。

映画は二日間の時間をダラダラと描き続ける。翌日、明子を大学まで送った時に出会う恋人のノリアキ(加瀬亮)。彼はタカシのことを彼女のおじいさんと勘違いする。出会った3人の時間が、またダラダラと展開する。車の妙な音に気付いたノリアキは、自動車工場に車を移動させファンベルトを直す(この場面でも音が物語を展開させる)。タカシは明子と別れて自宅に戻り、再び明子から電話があって、また迎えに行って…という具合に、ダラダラと飛躍も展開もなく、日常の一コマのように時間が流れていく。タカシの隣人のおばさんが窓から顔を出して唐突にしゃべり出すのもなんだかとても奇妙だ。よく考えてみると、ダラダラとした時間のなかにちょっとした作為や迂回が演出されている。タクシーで駅のロータリーを回る場面、ノリアキがタカシに声をかけるまでの逡巡、車のファンベルトの修理、殴られてうずくまる明子をタカシが助けるまでの車の迂回、消毒薬の買い物と車の出し入れ、隣のおばさんの明子への突然の介入…などなど。そしてノリアキの乱入。

ラストは、嘘に気づいたノリアキがタカシの家に乗り込み、暴れ出して、窓ガラスを割って終わるのだ。このノリアキが家の前で暴れる場面も巧みに音だけで表現されるのも秀逸だ。

元大学教授であるタカシは妻に似たデート嬢を自宅に呼び寄せる。その姿はいつもの知的なタカシを知る者にとっては「別の顔」である。ノリアキは、恋人でありながらも学生である明子の「別の顔」(デート嬢)を疑い続ける。そして明子は、性の幻想の体現者としてチラシに載り、祖母に疑われ、恋人やその友人にも疑われ、タカシからは妻の似た女として役割を求められる。どこに「ほんとう」の明子がいるのか、明子自身にさえ分からない。

誰もが「別の顔」を持ち、誰もが相手の「別の顔」を疑う。そこに人生の嘘と本当は交錯し、映画の嘘と本当も交錯する。

店内の長回しや車のなかの風景が映し出されるダラダラとした日常のなかで、フィクションの嘘が挿入され、ちょっとした波風が立つ。そんな些細な人生の波風をそのまま切り取って見せるキアロスタミの手腕はたいしたものだ。時間を編集して劇的なドラマを作るのではなく、日常の時間の中にちょっとした嘘を投げ込むことで、さざ波のドラマを作るのだ。こんなヘンテコな映画があるから、映画というのは面白い。

『トスカーナの贋作』レビュー

原題 Like Someone in Love
製作年 2012年
製作国 日本・フランス合作
配給 ユーロスペース
上映時間 109分
監督:アッバス・キアロスタミ
プロデューサー:堀越謙三、マリン・カルミッツ
脚本:アッバス・キアロスタミ
撮影:柳島克己
録音:菊池信之
美術:磯見俊裕
編集:バーマン・キアロスタミ
サウンドデザイン:菊地信之
キャスト:奥野匡、高梨臨、加瀬亮、でんでん、森レイ子

☆☆☆☆4
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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