「これで古典がよくわかる」橋本治

古典

なにかと分かりにくい古典について、橋本治が日本語の文字の発達と関連付けながら、古典文学に興味を持てるように分かりやすく解説した本。

「枕草子」は今から1000年前に書かれた随筆だ。その当時、世界の先進地域は中国とアラビアだった。ヨーロッパに文章を書く女性なんかいなかったそんな時代に、日本では女性の手によって随筆が書かれていた。そのことに驚いた映画監督ピーター・グリーナウェイは「PILLOW BOOK」という映画を作った。

「文字」を持っていなかった日本人は、漢字という文字を朝鮮経由で手に入れた。日本で最初に書かれた歴史書である『日本書紀』『古事記』は、漢文だけで書かれた。奈良時代ぐらいまで、漢文=外国語で文章を書くしかなかったのだ。

一方、同じ時代に「自分たちの言葉に合わせて、漢字を好き勝手に使う」という方法、漢字をかな文字のかわりに使う「万葉がな」が生まれ、「日本最初の和歌集」として『万葉集』ができた。象形文字としての漢字から「意味」をはぎ取って、「音」だけをとった「万葉がな」。

日本独自の文字である「ひらがな」は、漢字の「万葉がな」をくずして書くうちに生まれた。「カタカナ」は、読みにくい漢字を読むための記号として、漢字の一部だけを使ううちに生まれた。ひらがなの「に」は漢字の「仁」をくずして生まれ、カタカナの「ニ」は、漢字の「仁」の右半分だ。

平安時代には、「漢字だけの文章」しかなかったところに、「ひらがなだけの文章」が生まれた。『源氏物語』も『枕草子』も、漢字を使わない「ひらがなだけの文章」だった。

漢字とは、公式文書であり、官庁や役人が使う文字であり、男だけのものだった。だから「漢字は男のもの、ひらがなは女のもの」という区別があった。だから清少納言も紫式部も女性は「漢字なんて知らない」という顔をしていなければならなかったそうだ。

紀貫之は『土佐日記』を「女の書いた日記」ということにして、ひらがなを使って書いた。紀貫之は男だが、わざわざ“女”のふりをして日記を書いたのだ。平安時代の男は、「漢字だけの文章」しか書けなかった。しかし、彼は歌人でもあり、和歌はひらがなで書くため、男のくせに「ひらがなを扱う名人」だったのだ。日記なんて「女しか書かないもの」であり、「女が書くひらがなの日記」という形で彼は書いたのだ。平安時代は、「女流文学」の時代であり、『蜻蛉日記』『和泉式部日記』『紫式部日記』『更級日記』など、女性たちの日記文学の名作がいっぱいある。紀貫之は、それら女性日記文学の先駆者だったのだ。

『古今和歌集』は、勅撰和歌集であり、「国家が作った和歌集」である。その序文を紀貫之は「ひらがな」で書いている。彼が『土佐日記』を書いた前の話だ。本来なら漢文で書かなければいけない序文を、和歌はひらがなで書くものだからと、紀貫之はあえて、ひらがなで序文を書いたのだ。これが「国家が認めた初めてのひらがなの文章」である。和歌は「人間の感情の発生」を語るものであり、日本人にとって、感情を最もよく表現する道具は、外国語である漢字の漢文や漢詩ではなく、日本製の「ひらがな」だった。

「男=漢字」で、男は漢詩の一節にメロディをつけて歌った。それが上等な趣味だった。男専用の漢字は女性にはわからないものだったが、清少納言という女性は漢字のわかる「とんでる女」だった。男の漢詩を理解し、返事をしたためたので、男たちの人気者になった。紫式部はそんな清少納言を、「女が漢字の知識をふりまわすのはみっともない」と嫌ったという。しかし、「女は漢字の外にいる」ために、男たちの思いは女には届かない。女たちに自分を思いを届かせるには、ひらがなで和歌を読むしかなかったのだ。ひらがなによる和歌は、「日本オリジナルの歌の形」であり「やまと歌」と言われる。つまり「和歌」とは、ラブレターとして、男と女の思いを通わせる「生活必需品」になっていったのだ。

鎌倉時代になると、「漢字+かな」の「和漢混淆文」が登場する。『平家物語』『方丈記』と『徒然草』だ。そのなかで『方丈記』が一番古いのだが、これは「漢字+カタカナ」で書かれていた。鴨長明はインテリであり、「出家した神官」だった。彼は『方丈記』の仏教的な「無常観」を「科学的かつ実証的な文章」で書くにあたって、「漢字+カタカナ」で書く方がふさわしいと考えたと思われる。

平安時代の貴族が書いた「日記」は漢文で読むのが厄介だ。しかし、清少納言が始めた「随筆」は「ひらがな」であり、「男の日記はちゃんとした漢文で書かなくちゃ恥ずかしいが、随筆ならそんなに構えて書かなくてもいい」という雰囲気が生まれ、漢字だけの中国にはない「漢字+カタカナ」「漢字+ひらがな」の随筆が生まれていった。

説話集である『今昔物語』は「漢字+カタカナ」で書かれている。それは、それは嘘だらけの「物語文学」とは違って、みんな事実だったからだ。事実の伝承として集められた説話文学は、「漢字+カタカナ」で書かれたのだ。

奈良時代にも平安時代にも、まだ現代人が普通の読める“漢字とひらがなが一緒になった文章”は存在しなかった。鎌倉時代になって、「漢字+ひらがな」のわれわれが知る「普通の日本語の文章」が登場したのは兼好法師の『徒然草』からだ。鴨長明が「漢字+カタカナ」でかいた『方丈記』の百年後である。

「漢字+カタカナの文章」は「書き言葉の先祖」であり、「ひらがなだけの文章」は「話し言葉の先祖」である。
「漢字混淆文」は、日本人が日本人のために生み出した、最も合理的でわかりやすい文章の形。「漢文」という外国語しか知らなかった日本人が、思考錯誤を繰り返して作りあげた文体。硬直した漢字の書き言葉の限界を、日本語に変えたのは、「話し言葉」なのだ。日本人は「おしゃべり」を取り込んで自分たちの文章を作ってきたのだ。
だから、忘れられかけた古典を、現代女子高生のおしゃべり言葉で訳したのが、「春って曙よ!」で始まる『桃尻語訳枕草子』なのだ。古典の中には、ちゃんと「話し言葉」が生きている。それが分かれば、古典も面白い…ということだ。
スポンサーサイト

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
224位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
109位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター