「わかりあえないことから」平田オリザ(講談社現代新書)

わかりあえない


北大で平田オリザの講演があったので聴きに行ってきた。平田オリザは、以前にも講演を聴いたことがあるし、ロボット演劇も観たし、もちろん青年団の公演も何度か観たことがあり(『ヤルタ会談』とか『OL忠臣蔵』とか)、彼に密着した想田和弘監督のドキュメンタリー『演劇1・2』も観た。今日の講演は、最近結構売れた本「わかりあえないこと」(講談社現代新書)の内容そのままを語っていた。彼が言うところの冗長率(無駄話)を適度に入れながら。

「話がうまい」と思える人は、適度に無駄=冗長率があることを、彼は演劇を通じて感じ取った。うまい役者は、無駄な動きや言葉を適度に入れながら演じている。稽古をすればするほど、無駄な動きがなくなる。だからヘタな役者は稽古をすればするほどつまらなくなる。しかし、その無駄にこそ、人間らしさがあり、観客にリアリティを感じさせるものなのだ。彼が最近、公演活動をしているロボットを使ったアンドロイド演劇でも、ロボットの動きや間合いや意味のない言葉(無駄=冗長率=マイクロスリップ)を入れることで、役者よりも人間らしい表現を獲得しつつあるようだ。彼の演劇演出は、「役者に負荷をかける」ことをする。台詞を言いながら、右手でコップをつかみ、左足では近くの新聞を引き寄せるというように。そうすることで、意識が分散され、台詞に余計な力が入らなくなるという。そして、そんな無意味な細かい動きにこだわることで、役者自身も気づかぬ心理の複雑さが表現されることを彼は知っている。そう…。心理は一つではない。いつだって複雑で多様なのだ。平田オリザは、いつもその多様性を追求しているような気がする。

平田オリザが目指した「現代口語演劇」とは、西洋近代演劇が作り上げた「わざとらしく」「臭く」「暑苦しい」不自然な演劇の言語を、口語体、話し言葉に変えることだった。感情を強弱のアクセントで表現する欧米の言語と、語順を変えることによって感情を表現する日本語。その表現の仕方に差異があるのに、そのまま西欧流を演劇に取り入れことに問題があったという。だから、演劇の台詞というと、わざとらしい強弱のアクセントが流布してしまった。たとえば、小津安二郎の映画にある会話こそ、日本的会話表現なのだ。「あぁ」とは「えぇ」とか「まぁ」とか間投詞が多いのは、平田オリザの演劇にも共通する。そして、彼は「会話」と「対話」を区別することが重要だと語る。

「会話」=価値観や生活習慣など近い親しいもの同士のおしゃべり
「対話」=あまり親しくない人同士の価値観や情報の交換。あるいは親しい人同士でも、価値観が異なる時に起こるその摺り合わせなど。


「対話」の構造を創ることこそが演劇だ、と彼は言う。演劇は他者を必要とする。そして、彼はコミュニケーション力は演劇を取り入れることによって身につけられるのだと言う。日本社会は「対話」の概念が希薄だ。等質の価値観と似たような生活習慣、察する文化、阿吽の呼吸、ムラ社会。だからこそ、「空気を読め」という同調圧力が強い。そこには「会話」しかない。しかし、異文化コミュニケーションには「対話」が必要なのだ。グローバル化が一気に進んでいる現代において、日本人は「空気を読める」同調圧力のコミュニケーション力と、グローバル化の異文化コミュニケーションのダブルバインドに引き裂かれつつ、苦しんでいる。だから、会社は人事選考で都合のよいコミュニケ―ション力を若者に要求する。空気も読めて、異文化コミュニケ―ションも出来る人。

違う価値観の人に、自分の考え方を説明できる対話力。日本語には対話の言葉が少ない。対等ではなく上下関係を意識して話す言葉だし、察することを粋とするし、多くを語ることを野暮とするのが日本文化だ。そんな日本の伝統文化は誇るべきものであり、卑下する必要はまったくないのだが、対話力が弱いことは日本人は意識しなければならない。あくまでも優劣の問題ではなく、文化的差異なのだ。その差異を自覚したうえで、どこまで対話力、異文化コミュニケーション力をつけられるかなのだ。

そこには現代日本が抱えている問題もある。大家族や地域共同体が崩壊し、他者と接する機会が減ってきたことだ。少子化、核家族化、閉塞化のなかで、小さな世界で他者を排除する傾向がある。だから、平田オリザは、価値観を一つにする「協調力」から、バラバラの価値観をまとめる能力=「社交性」、その多様な意見をまとめる合意形成能力の必要性を語る。違うコンテクストの人と人とが、どのように対話し、合意形成できるか。高度経済成長時代なら、協調性さえあれば、それなりに給料は上がり、豊かに暮らすことができた。今は、成熟期であり、多様な価値観の中で生きていかざるを得ない時代だ。そこでは、粘り強い対話力が必要なのだ。

成長期なら強いリーダシップが求められ、そのリーダーについていけば、ある程度幸せになることができた。しかし、成熟期を迎え、後退戦を強いられるこれからの時代は、弱者のコンテクストを理解できる人、脱落者はいないかと、しんがりを務められるリーダーが必要だと平田は言う。若者たちは決してコミュニケーション力が落ちたわけではない。旧世代の大人のコンテクストでは理解できないだけなのだ。ならば、世代間コミュニケ―ションを深めるための、場のデザイン力が必要なのだ。環境をデザインし、話しやすい場を作ること。粘り強く対話を繰り返すこと。権力やパワーで引っ張っていくのではなく、「わかりあえないこと」から始めること。

「伝えたい」という気持ちは「伝わらない」という経験からしか生まれない。今の子供たちは、この「伝わらない」という経験が決定的に不足している。

「本当のじぶん」などどこにもいない。玉ねぎの皮と同じで、人はいろんな人格を演じ分けているだけだ。動物は一つの役割しか演じられない。人間だけが、いろいろな役割を演じ分けられるのだ。「いい子を演じることに疲れた」とよく言われるが、システムに演じさせられていると感じて、ほんとうの自分はどこか別にあるはずだと幻を探し続けるのではなく、自ら進んで主体的に演じ分けること。その演じることを楽しむことこそ、演劇の力であり、コミュニケーション能力なのだと彼は言うのだ。

(わ)
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