「舟を編む」石井裕也

舟を編~1

15年かけて辞書を作る話である。何ともそれが羨ましい。時間をかけることの大切さを改めて感じさせてくれる映画。

三浦しをんの原作が評判良くて、読もう読もうと思っているうちに、すぐに映画化された。読むよりも先に映画を観てしまった。地味な話ながら、これがよくできた映画なのだ。

早く早くとスピードばかり求められる時代。「待ったナシ!」急がないと乗り遅れるとばかりに、社会でも早さを強迫されるし、出会うのも別れるのも恋愛は簡単でスピード時代。ネットで検索すればすぐに疑問は解決するし、短いセンテンスの言い放しの言動ばかりが氾濫する。時間をかけて議論を熟成させることも、思いを募らせて恋焦がれることも、長い時間をかけて何かを育てることもしなくなった。結果をすぐに求めるし、求められる。考えるスパンが短いのだ。思いもまた軽くて短い。そして、経済効率を求めて、無駄はとことん排除される。だから無意味に思い悩むこともしなくなった。

時代はグローバル化の中で、どんどん変わっているのは確かだし、金を右から左にタイミング良く動かすだけで、大儲けも出来る時代だけれど、本当にそれでいいのだろうか?もっとじっくり考えたり、悩んだり、つき詰めたり、積み重ねたり、後戻りしたり、立ち止まったり、じっくり味わったり、噛みしめたり…そんな時間の使い方をしなくていいのだろうか?早いことがそんなにいいのだろうか。すぐに結論や結果が出たり、解決できることがいいことなのだろうか?

世の中そんなに、単純じゃない。言葉の海は複雑だし、時代とともに常に変化していく。追いかけても追いかけても、言葉は思考や感情の機微を伝えるために進化し、散乱する。人間は後から、その言葉を拾い集めて整理していくしかない。そもそも人間とは、複雑でわからないものだ。そのわからない人間が、その自分のわからなさを何とか伝えようとして、言葉を紡ぐ。伝えきれない思いは、言葉を紡いでも紡いでもこぼれ落ちていく。だから、言葉は次々と生まれ、変わっていく。

そんな時代をアンチテーゼをこの映画はよく描いている。言葉と人間の不可解さを。伝えきれない思いを。それでも伝えようとして探す言葉の深さを。だから登場人物たちは、言葉に対して謙虚だし、人に対しても謙虚なのだ。傲慢で横柄じゃない。簡単に解決できないこと、簡単に伝わらないことを知っているのだ。

加藤剛扮する松本先生は、辞書の完成を見ることができずに逝ってしまう。長いスパンでものを考えることは、思いをつなぐことでもある。時間を超えて、思いをつないでいくこと。時間という過酷なものの前では、人間は無力である。その無力な人間の限界を、思いをつなぐことで、人から人に託し、言葉に思いを託す。

『川の底からこんにちは』で満島ひかりに「中の下の女」を演じさせ、そのやけくそパワーを痛快に描いて見せた石井裕也監督。テンポのいい小気味よい演出が冴えわたった。『あぜ道のダンディ』では地味な中年男の光石研を主役に抜擢して驚かせてくれた。今回は、松田龍平、宮崎あおい、オダギリジョーという絶妙の配役で、この地味な辞書編集という世界を淡々と描きながらも、人間ドラマとして見せてくれた。とても演出力のある監督だと思う。

馬締くん(松田龍平)が書いた筆文字のラブレターをオダギリジョーに読ませたとき、伊佐山ひろ子にわざわざ封筒にしまわせたりする動きとか、玄関で馬締くんを正座させて香具矢(宮﨑あおい)の帰りを待たせ、玄関先でラブシーンを演じさせたり、シャンパンしか飲まない新入りとか、西岡(オダギリジョー)と麗美ちゃん(池脇千鶴)の関係の描き方とか、下宿のおばちゃんの渡辺美佐子の温かさとか、香具矢の料理を食べる馬締くんのシーンとか、ラストの馬締くんの香具矢への一言の伝え方などなど、演出の細かなディティールが巧い。ますます、今後が楽しみな監督である。


製作年:2013年
製作国:日本
配給:松竹、アスミック・エース
監督:石井裕也
プロデューサー:土井智生 五箇公貴 池田史嗣 岩浪泰幸
原作:三浦しをん
脚本:渡辺謙作
撮影:藤澤順一
美術:原田満生
音楽:渡邊崇
キャスト:松田龍平、宮﨑あおい、オダギリジョー、黒木華、渡辺美佐子、池脇千鶴、鶴見辰吾、伊佐山ひろ子、
八千草薫、小林薫、加藤剛

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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