「横道世之介」沖田修一

横道

なんという幸福に満ち溢れた映画だろう。誰もが持っている青春の懐かしさ、かつてのあの頃を思い出し、幸せな気分になれる作品だ。

僕は学生の頃、何度も足を運んだ懐かしき名画座、まさに青春の名画座、池袋文芸坐に久しぶりに行ってみた。東京で夕方、ちょっと時間が出来たのだ。思い出をたどって歩く池袋の繁華街。しかし、かつての文芸坐の懐かしき建物はなかった。名画座は新文芸坐としてパチンコ店の3階にあった。なんだかとても味気ない建物だ。かつて、女の子とこの名画座でデートした記憶もある。映画を観て、たいした話も出来なかった思い出。そんな思い出の名画座、新文芸坐でこの『横道世之介』を観た。

吉田修一の原作がいいのか、沖田修一の演出がいいのか、そのどちらもなのだろうけれど、とてもいい映画だった。誰にでも勧めたくなる映画だ。『悪人』『パレード』と吉田修一の原作ものは、どれもいい映画になっている。『南極料理人』はほのぼのとした映画だったが、沖田監督の『このすばらしきせかい』や『キツツキと雨』は未見だ。脚本に、劇団「五反田団」主宰の劇作家で小説家の前田司郎が入っているのも気になっていた。

舞台は1987年。九州の田舎から東京に出てきた田舎者、横山世之介という男とその友人たちの物語だ。女の子の髪型やファッション、若者たちが持っているバッグが懐かしい。こんな時代だった。

お人好しで憎めない明るい男、横道世之介を演じる高良健吾がいい。さらにお嬢様役の吉高由里子もいい。初のダブルデートで突然ケラケラと笑い出す吉高由里子。おバカな大学のサンバ同好会や年上の憧れ女性の伊藤歩。九州の実家の両親、きたろうと余貴美子もいい。田舎の夜の海の波の音や夏の海辺。元恋人との再会と吉高由里子のやきもち。なにもかもが懐かしくせつない。

誰もが横山世之介のことを思い出しながら笑う。ずっと忘れていた男なのに、思い出すと笑いとともに蘇り、過ごしたかけがえのない日々が戻ってくる。誰もが持っている不器用で失敗だらけで、うまくいかなかった甘酸っぱい青春の日々。横道世ノ介とは、そんな不器用な青春そのものの存在なのだ。時制の扱い方など、現在と過去の行ったり来たりの脚本も見事だ。

現在の祥子(吉高由里子)がタクシーなかから、かつての二人を見つけるシーン。そして、横道世之介が撮った写真と母の手紙。なんとせつなく懐かしい映画だろう。幸福で喜びに満ちた愛すべき作品が生まれた。




製作年 2012年
製作国 日本
配給 ショウゲート
上映時間 160分
監督:沖田修一
プロデューサー:西ヶ谷寿一、山崎康史
原作:吉田修一
脚本:沖田修一、前田司郎
撮影:近藤龍人
照明:藤井勇
美術:安宅紀史
音楽:高田漣
キャスト:高良健吾、吉高由里子、池松壮亮、伊藤歩、綾野剛、井浦新、國村隼、堀内敬子、きたろう、余貴美子

☆☆☆☆☆5
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