「さよなら渓谷」大森立嗣

さよなら

森の吊り橋から真木よう子のサンダルが川に落ちていく印象的なシーン。この映像は予告編にも使われているが、落下したサンダルは彼女の身代わりなのかもしれない…と思えてくる。落下しようにもできない宙ぶらりんの心持ち。それは自分でも説明がつかないもの。そう、この映画は、何とも説明のしようがない心のありようを描いた映画だ。だから、人物の佇まいを丁寧に描いている。ただそこにいるだけしかできない様。ボーっと列車に乗って窓の外を見たり、バスに乗っているだけの顔。あるいは、膝を抱えて哀しみを堪えている顔。ただただ、歩き続けるしかない女、それをひたすら追いかけるしかない男。むさぼりようにキスをし、セックスするしかない男と女。二人は、言葉をあまり多く交わさない。ケンカも葛藤もない。肝心なことは語らず、些細な日常の会話をする。賞味期限が切れそうな豆腐が冷蔵庫にあるだとか、そんなどうでもいい会話。肝心の心のありようをぶつけることはしない。それだけ、言葉に出来ない思いを二人は抱えているのだ。だから、そんな言葉にできない二人の佇まいが、なんともせつなく、劇的なのだ。

「私たち、幸せになろうと思って一緒にいるんじゃない」と橋の上でつぶやく真木よう子。橋は映画で重要な場所になっている。美しい森の中の吊り橋と言えば、西川美和の『ゆれる』を思い出す。宙ぶらりんの不安定な場所。橋からの落下のイメージ。生と死の間の場所。列車の終点でたどり着いた街で、雨の中、無言で歩き続けた女と追いかける男。「ついてこないでよ」と叫んだあとで、夜の橋の上で身を乗り出しつつ、止めてくれる男を探す真木よう子の哀しみの目。印象的な夜の橋のシーンだ。この二人の道行きの場面がなんともいい。

列車が横を通り過ぎる中、海辺を歩く女と男。男が寒さに震える女に上着を着せようとするも拒否をし、次の駅のホームのシーンでは上着を羽織っている女。「お腹すいた」と女が言って海辺のドライブインで食事をする二人。旅館で一泊する玄関で、ストーブで手を温める女と宿帳に記入する男、その二人の距離の変化と佇まい。ホテルのベッドで起きた男と、窓の外を見ている女。どん詰まりの果てにたどり着いたどうすることもできない二人の存在が哀しい。

人間って、なんと面倒なものなのだろう。幸福にも不幸にもなれない宙ぶらりん。なぜ幸福になっちゃいけないのか。加害者と被害者。と憎しみ。そして償い。その間で心はねじれていく。「私より不幸になってよ」という女の男への許せない思いは、次第に「私が私でいられるための理由」になっていく。しかし、二人は「幸福になりそうに」なって、女は再び姿を消す。男はまた女の後を追いかける。もしかしたら、次に出会えた時、二人の関係は変われるのかもしれない。そんな風に願いたくなる。

真木よう子の新境地開拓の映画だ。ほとんどノーメイクのまま、ただ放心したようにそこにいる。何を考えているのかわからない表情。この哀しみに満ちた複雑な心のありようを全身で演じている。相手役の大西信満は、『キャタピラー』とは全く違った顔を見せている。元高校野球の二枚目青年が、ある事件をきっかけに人生を変えてしまう。女の前でどうしていいかわからない顔。女に挑まれて受けるセックス。「かなこがそう言ったんですか」と戸惑う顔。その男と重なるように怪我をしてラクビーをやめた雑誌記者に大森南朋。兄が監督の大森立嗣であり、まさに兄弟タッグで作った作品だ。ちなみに父は怪優で舞踏家、麿赤児である。大森南朋が鏡に映すたるんだお腹が印象的だ。何かを諦めた男の中途半端さ。それは、妻、鶴田真由との関係とも重なる。ケンカばかりしていた二人が、最後で抱擁する場面はこの映画の救いだ。そのほか、大森南朋の部下、鈴木杏もいいし、井浦新、新井浩文、刑事役の三浦誠己など、脇役たちも好演。

物語ではなく、役者のたたずまいを撮り続けた映画だ。分かりやすく感情を演じるのではなく、言葉で言い表せない思いでその場所にいる佇まい、存在感を大事にしている。会話のやりとりではなく、台詞もなく、ただ、そこにいるだけ。それがこの映画の全てだ。それをフェイドインとアウトで繰り返し、カットを積み重ね、時間が経過していく。

原作の吉田修一は『パレード』『悪人』『横道世之介』、そしてこの『さよなら渓谷』と映像化が続く。時間の使い方や、様々な人たちの視点を取り入れる複層的、多面的な人物描写が映画的なのだろう。監督の大森立嗣は、『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』がとても良かった。『まほろ駅前多田便利軒』もいい感じだったが、この作品で、また一歩、演出力を深めた感じだ。今後にさらに期待したい。

「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」大森立嗣 レビュー

製作年 2013年
製作国 日本
配給 ファントム・フィルム
監督:大森立嗣
プロデューサー:森重晃
原作:吉田修一
脚本:高田亮、大森立嗣
撮影:大塚亮
美術:黒川通利
音楽:平本正宏
エンディングテーマ(歌)真木よう子
エンディングテーマ(作詞・作曲)椎名林檎
キャスト:真木よう子、大西信満、大森南朋、鈴木杏、鶴田真由、井浦新、新井浩文、木下ほうか、井浦新、新井浩文、三浦誠己、薬袋いづみ、池内万作、木野花

☆☆☆☆☆5
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
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    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
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    7、「風にそよぐ草」
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    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
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    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
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    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
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    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
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    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
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