「三姉妹 雲南の子」ワン・ビン

三姉妹

ぼうぼうと風が鳴りつづける。標高3200メートルの高地。風がいつも強く、マイクが風の音を拾う。中国・雲南地方にある貧しい村に暮らす幼い3人姉妹のドキュメンタリーである。ナレーションも音楽もない。インタビューもない。正直言って、何回か眠気を催し、ウトウトした。だけど、荒れ地で必死に生きる女の子の姿は基本的に変わらない。大きな物語やドラマもないまま、カメラは少女に寄り添い続ける。少女はカメラを見ない。最初、ちょっとカメラを意識しているのかなという場面もあるが、ほとんどカメラは存在しないかのようだ。気づかされるのは、一か所だけ。バスの運転手がカメラマンのバス料金を要求する場面が使われている。観客はそこであらためて、カメラマンの存在を思い出す。しかも一人(ワン・ビン監督自らカメラを回しているらしいことがわかる)。それぐらい姉妹たちの表情がリアルでそのままだし、彼女の朝起きてから寝るまでの生活そのものが描かれている。

日本にも想田和弘監督が「観察映画」と自らの作品を名付け、ナレーションも音楽も字幕スーパーもなく、観察するようにただ撮り続けるドキュメンタリーを制作している。奇妙な日本の選挙活動を追った『選挙』や演劇人・平田オリザを追い続けた『演劇1・2』など話題作を作っている。そこに込められた思いは、現実を意図的に作り上げたくないという意志だ。そこで起きていることをなるべくそのまま記録しようとするドキュメンタリー。ナレーションや音楽で、物語を盛り上げたり、作りあげたりしないこと。ドキュメンタリーの嘘を誇張しない意志だ。

そもそもドキュメンタリーとは「嘘」(=虚構)だ。カメラを向け、編集する以上、作り手の意図が入る。そこにナレーションを入れれば、映された映像は作り手の意図されたものになる。カメラの撮り方、位置によっても映された映像の印象は変わる。客観性などというものは存在しない。現実を意図的に切り取り、繋ぎ合わせ、物語を作ることがドキュメンタリーであり、ニュースもまた同じである。問題は、その映像をどこまで相対化でき、客観的視点を導入できるかだ。もちろん意図的で主義主張を込めたドキュメンタリー作りもある。あるいはドラマ的な演出が加えられたドキュメンタリー。社会的告発のドキュメンタリーもあれば、プロパガンダ映画、企業宣伝VTRなどなどいろいろだ。程度の差はあれ、演出や意図が映像に込められている。いい悪いではない。映像とはそもそも意図的なものなのだ。好む好まざるとに関わらず。

韓国の農村を描いた『牛の鈴音』というドキュメンタリーがあった。あのドキュメンタリーはドラマのようにかなり意図的に映像や音が作られていた。素朴な牛と農民の姿を描きながら、そこには映画的なカメラ配置があり、意図的な再現や演出があった。観客に感動を抱かせるための演出が。それにくらべて、この『三姉妹 雲南の子』のカメラには、子供たちを意図的に動かしていないのがよくわかる。カメラが事前に回り込んで迎えで待っていたりしない。カメラ位置は変えるけれど、あくまでも子供たちの自然なふるまいを優先している。

想田和弘やワン・ビンが作ろうとしたドキュメンタリーは、作為的な嘘を極力排除し、映される対象に寄り添うように撮る姿勢だ。この映画は、中国の貧しい村を告発する映画ではない。中国の一人っ子政策や農村対策を批判する映画でもない。ただ、そこにいる三姉妹にカメラを向け続けることで見えてくる現実を差し出した映画だ。そこから何を感じ取るかは、観客に任されている。

ぼうぼうとした印象的な風の音だけではなく、水の音、ヤギの声、羊や豚、犬たちの声、雨音や火の音、子供たちの会話や泣き声、怒りの声、大人たちの会話や生活の様々な音が聴こえてくる。そんな生活や自然の音に耳を澄ます。そこに状況説明のナレーションも心理を補足するナレーションもインタビューも入らない。ただただ、画面には農作業や豚や羊たちの世話をする小さな女の子が映し出される。

ワン・ビン監督は劇映画『無言歌』で衝撃を受けた。あの映画も荒れ地で過ごす強制労働収容所の政治犯の囚人たちを描いたものだ。淡々と繰り返される生活。そして厳しく荒れた何も無い大地。シンプルで厳しい暮らし。ワン・ビンは、きっとそういうシンプルな生き方に何か惹かれるものがあるのだろう。人間の真実のようなものを見るのだろう。虚飾や虚栄にまみれない姿。繰り返される日常。その中での些細な変化。この『三姉妹 雲南の子』にも、ただ生きるために生きている少女の姿がある。厳しい荒れ果てた高地で。その少女のシンプルな姿に観客は何かを感じる。

妹たちを連れて出稼ぎに出ていた父が帰ってきても、そこに親子の感動的な再会が意図的に描かれるわけではない。そんな安易は物語をこのドキュメンタリーは描かない。ただただ、父は出稼ぎから戻ったことが字幕で説明され、少女のささやかな笑顔があるだけだ。そして少女たちの厳しい労働がまた繰り返され、続くばかりだ。

未見だが、ワン・ビンのドキュメンタリー『鉄西区』は9時間を超える大作らしい。想田和弘監督のドキュメンタリー『演劇』も5時間以上ある。ナレーションでまとめたり作ったりしない分、ただ撮り続けるドキュメンタリーはどうしても長くなる。対象に寄り添い続けることで、観客は彼女のそばにいる透明な存在になる。少女の孤独と生きていくタフさを実感する。この映画も長かった。体調がいい状態で観ることをお勧めします。

ワン・ビン『無言歌』レビュー

想田和弘『演劇1&2』レビュー

原題 Three Sisters
製作年 2012年
製作国 フランス・香港合作
配給 ムヴィオラ
上映時間 153分
監督:ワン・ビン
製作:シルビー・ファグエ、マオ・ホイ
撮影:ホアン・ウェンハイ、リー・ペイフォン、ワン・ビン
編集:アダム・カービー、ワン・ビン

☆☆☆☆4
(サ)
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ジャンル : 映画

tag : ドキュメンタリー ☆☆☆☆4

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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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映画にまつわる雑文です。
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