「風立ちぬ」宮崎駿

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「美しき呪われた夢」に憑りつかれた男。飛行機、汽車、バス、船…。宮崎駿はこれまでさまざまな乗り物への偏愛を映画を通して告白してきた。『風の谷のナウシカ』でも『天空の城ラピュタ』でも、空を翔る乗り物(鳥のような戦闘機など)を描きたい欲望に溢れていたし、『紅の豚』も戦闘機だし、『トトロ』ではお馴染みの空飛ぶ「猫バス」が登場した。『魔女の宅急便』は簡素な箒で空を飛び、『ハウルの動く城』は、家そのものが時空を駆け巡る乗り物だ。つまり、時空をめぐることが宮崎駿的テーマであり、それを可能にする乗り物こそ、彼の夢なのだ。同時にそれは、鳥のように空を飛ぶ夢に憑りつかれていることでもある。だから、宮崎駿が日本の伝説の戦闘機ゼロ戦の設計者、堀田二郎の物語にたどり着くのも自然の成り行きだったような気がする。

空を飛ぶ夢、その乗り物である美しき飛行機への偏愛。あるいは、時空を移動する乗り物そのものへの執着。この映画では、飛行機以外に汽車がやたらと出てくる。関東大震災での二人の出会いのシーンでも、名古屋と東京の移動場面でも汽車が何度も描かれている。二郎のヨーロッパ訪問で、カプローニ設計士と夢で出会うのも汽車の中だ。また、妹の加代や菜穂子が乗るバスも登場するし、妹と乗る船も登場する。そして、飛行機を飛行場に運ぶのはなんと牛だ!宮崎駿にとって乗り物とは、旅であり、出会いであり、再会であり、夢へとつながる方舟なのだ。

飛行機から、汽車、バスから眺める美しき風景も特徴的な描写だ。その移動の目線こそ、宮崎が偏愛するものなのかもしれない。そこで描かれるのは、美しき自然と風だ。車窓から見える風景には、風が描かれている。空には風があり、走る乗り物には風が感じられる。風はドラマを呼ぶ。二郎と菜穂子の出会いは、風と帽子が取り持つ。「風はまだ吹いているか?」とカプローニは何度も二郎に問いかける。風が生きる力を、勇気や希望や愛や夢を、運んでくるのだ。

そんな「風」と「空を飛ぶ夢」に憑りつかれた宮崎駿は、「飛行機は呪われた夢」でもあると言う。「飛行機とは、美しき呪われた夢である」と劇中カプローニに語らせている。ただ「美しい」だけではない殺し合いの道具。ゼロ戦という戦闘機の宿命。その「呪い」としての戦闘機を作ることの葛藤や矛盾。それは、この映画ではあまり描かれていない。墜落する飛行機のイメージ、バラバラになった機体のイメージが描かれるだけだ。

冒頭に、関東大震災の描写がある。まるで怪獣のような音と大いなる自然の力。なすすべのない人間たち。それでも、二郎と菜穂子の出会いのように、必死に生きようとする人間たちがいる。その後、特高や軍部の台頭など暗い時代へと突入していくわけだが、それが3.11後の閉塞した今の日本の状況と似ていると宮崎は感じているのだろう。今この時代、アニメを作る覚悟のようなものを感じる。もはや、ファンタジーだけでは済まされない。この日本の閉塞感を踏まえた上でのリアルな飛べない人物たちのアニメ

『ナウシカ』や『ラピュタ』で空を駆け回り、冒険を演じた少女や少年たちが主役ではない。『魔女の宅急便』や『となりのトトロ』、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』、『ハウルの動く城』などのように、奇妙な不思議な異世界に迷い込み、その世界と行き来するファンタジーや冒険活劇でもない。これまでアクティブに時空を駆け巡る少年少女たちが宮崎駿的世界を担っていたのに比べ、この『風立ちぬ』では、地上から飛ぶ夢を見るだけだ。夢の世界でこそ空を飛びはするが、いつもは図面を引き、恋をし、空に夢を馳せるだけだ。空を飛び、時空をかける冒険する主体ではなく、その夢を設計し、思い描く存在。だから、冒険的ではなく、常に地上から空を見上げる存在なのだ。風を感じ、サバの骨のような美しき流線型が空を飛ぶ夢を思い描く二郎。時空を駆け巡るのではなく、地上から駆け巡る世界を夢想する映画。それはどこか宮崎駿自身のようでもある。図面に向かい続け、タバコを吸いながら、ひたすら書き続ける作業。風や空を夢想し続ける存在。だから、アクティブに空を駆け巡るのではなく、飛べない男の苦悩と夢が描かれる。映画は、天上の冒険活劇から地上の夢想へと降りてきたのだ。

美しき空と雲、草原の緑。戦時中を描いているにもかかわらず、爽やかなトーンの映画だ。結核の妻との愛しき日々。この世界の美しさが、哀惜を込めて描かれる。しかし、空の青さは多くの死を飲み込んだ哀しみの青さでもある。それを暗く陰惨に、呪いを込めて描くのではなく、ひたすら美しく描いている。つまり、死者からの美しきメッセージとして。「生きねば」という残された者の思い。空の青さや雲の白さ、草原の緑の美しさには、せつなく無数の死が含まれている。戦闘シーンはない。ゼロ戦が活躍する場面もない。呪いとしての飛行機は描かれず、ただただ美しい夢だけが描かれる。それが物足りないとも感じるし、その透徹した美しさに死の虚無を感じ、せつなくもなる。死者から残された者たちへの「生きろ」というメッセージとして、美しき空の青さがある。

庵野秀明の堀田二郎の声は、賛否両論あるようだが、僕は意外にうまいと思ったし、その朴訥さが良かった。宮崎駿が必然的にたどり着いた地点ともいえる映画だが、これが彼の最高傑作とはとても思えない。かつての胸躍る空を駆け巡る異世界との冒険活劇にこそ、宮崎駿の真骨頂があると僕は思っている。



監督:宮崎駿
プロデューサー:鈴木敏夫
原作:宮崎駿
脚本:宮崎駿
作画監督:高坂希太郎
動画検査:舘野仁美
美術監督:武重洋二
色彩設計:保田道世
撮影監督:奥井敦
編集:瀬山武司
音楽:久石譲
声の出演:庵野秀明(堀越二郎)、瀧本美織(里見菜穂子)、西島秀俊(本庄)、西村雅彦(黒川)、スティーブン・アルパート(カストルプ)、風間杜夫(里見)、竹下景子(二郎の母)、志田未来(堀越加代)、國村隼(服部)、大竹しのぶ(黒川夫人)、野村萬斎(カプローニ)

☆☆☆☆4
(カ)
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