「許されざる者」李相日

許されざる
(C)2013 Warner Entertainment Japan Inc.


重厚な映画である。大陸的な北海道の風景が厳しくも美しい。役者のぶつかり合いも見応えがある。渡辺謙、柄本明、佐藤浩市。さらにアイヌと和人の混血の若者を演じていた柳楽優弥は、最初誰だか分らなかったが、映画全体で重要な役割を果たしている。さらに存在感抜群の賞金稼ぎの長州の浪人、國村隼。『クライマーズ・ハイ』『半沢直樹』で売り出し中の滝藤賢一などなど。とくにラストの渡辺謙の迫力は、鬼気迫るものがある。一人、敵地に乗り込む殺陣シーンは迫力満点だ。それでも、僕にはこの映画はどこかモノ足りなかった。躍動感がないというか、この重厚さに今一つ乗りきれなかった。クリント・イーストウッドの『許されざる者』が「最後の西部劇」と言われるように、映画の中で人を殺しまくっていたイーストウッドが、勧善懲悪ではない<殺しのリアリティ>を描き、正義を相対化させ、<殺すことの怖さと重み>を描いた。言わば『許されざる者』は、イーストウッドの娯楽殺戮アクション映画(西部劇や刑事モノ)の到達点であったのだ。それに対して、このリメイク版にはどんな意味があるのだろうか?

イーストウッド版と同じうように「逃れることのできない暴力の罪=人間の業」とも呼ぶべきものを描いた映画だが、リメイク版で特徴的だったのは、在日朝鮮人である李相日監督が、歴史に翻弄された弱者への思いを込めて描いている点だ。差別される女郎という存在はイーストウッド版でも同じだが、この映画はアイヌ民族の扱いが強調されている。舞台を明治初期の北海道開拓時代に設定したため、アイヌ民族問題は避けて通れない。イーストウッド版にも、先住民族が黒人の旧友モーガン・フリーマンの妻として登場するが、リメイク版は二人についていく若者(柳楽優弥)がアイヌと和人の混血であり、人斬り十兵衛(渡辺謙)を改心させた妻がアイヌの女性だ。アイヌ民族の風習が明治政府の屯田兵たちに野蛮だと差別され、虐げられる場面が描かれるが、女郎の存在だけでなく、アイヌ民族という時代に翻弄される弱者を描くことに監督の強い思いが感じられる。歴史の正義や仇討のために暴力を駆動する人間の罪の深さ、そして暴力さえも行使することが出来ない弱者の民。さらに、その狭間で翻弄される者は生き場所さえ見つけられない。

物語としては、イーストウッド版とほぼ同じであるのだが、やや展開に無理があると感じた部分がいくつかある。過去の罪を背負い、アイヌの妻の存在によって生き方を変え、人斬り稼業を封印していたにもかかわらず、十兵衛はなぜ再び、賞金稼ぎの殺しの旅に出かけたのか?もちろん、貧しい子供たちの暮らしのために金が必要だということなのだが、誘いがかつての旧友(柄本明)であり(イーストウッド版では昔の仲間の甥っ子の若いザ・スコフィールド・キッドが誘う)、昔に逆戻りすることにならないのか。渡辺謙が亡き妻への思いを語り、過去の悔恨を感じているのに、それでもなぜ賞金稼ぎの旅に出たのか。この旅と過去の行いとの違いが、いま一つわかりづらい。

また嘘ばかりついていたという金吾(柄本明)が途中で殺しを投げ出す場面にも違和感を感じた。「一緒に夢見ないか」と賞金稼ぎに十兵衛を誘った金吾なのに、あれほど簡単にやめられるのか?彼の人生を賭けた最後の戦いではなかったのか?十兵衛のことが怖くてしょうがなかった金吾の屈折した生きザマの哀しさが伝わってこなかった。イーストウッド版のモーガン・フリーマンは賞金稼ぎに受動的な存在だっただけに、やめることにそれほど違和は感じなかったように思う。

つまり金吾の哀しみが伝わらない分、ラストの渡辺謙の怒りに同調できない。どちらかというと生き場所を見い出せないアイヌ出身の柳楽優弥の存在の中途半端さの方が描かれているような気がするのだ。

そもそも女郎たちが賞金を出す設定にも無理がある。刀や銃を規制し、町を支配している警察署長の佐藤浩市がその仇討ちをなぜ黙認し、許すのか。女郎たちが誰かと結びついていないと、そこまで力を持てることに奇妙さを感じた。

映画では、賞金を出す女郎たちの正義も問われることになる。女郎たち自身も、恨みを晴らし制裁することにどれだけの意味があったのか自問する。町の暴力的権力者の佐藤浩市の法の正義と、顔を傷つけられた女郎たちの仇討ちの正義、さらに仲間を嬲り殺された十兵衛の仇討ちの正義、それぞれの正義が交錯するのだ。そして、どんな正義だろうが、暴力や殺すことの罪は変わらない。その暴力の果ての命の重みを背負うことこそがこの映画の主題だ。そのあたりは、イーストウッド版よりもラストで渡辺謙に背負わせているとも言える。

賞金稼ぎの長州浪人の國村隼と物書きの滝藤賢一、そして警察署長の佐藤浩市の対決のやり取りなども緊迫感がある。この場面は、イーストウッド版の保安官ジーン・ハックマンも素晴らしかった。それぞれの登場人物の存在感、たぶん、命を懸けたギリギリの緊迫した対峙こそこの映画の魅力であり、さまざまな思いを背負い生きていかざるを得ない人間の弱さ、愚かさを、大いなる自然の背景に描いている。

クリント・イーストウッド『許されざる者』

製作年 2013年
製作国 日本
配給 ワーナー・ブラザース映画
監督:李相日
製作総指揮:ウィリアム・アイアトン
原作:デビッド・ウェッブ・ピープルズ
アダプテーション脚本:李相日
撮影:笠松則通
照明:渡邉孝一
美術:原田満生、杉本亮
音楽:岩代太郎
キャスト:渡辺謙、佐藤浩市、柄本明、柳楽優弥、忽那汐里、小池栄子、國村隼、小澤征悦、三浦貴大、滝藤賢一、近藤芳正

☆☆☆3
(ユ)
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