「そして父になる」是枝裕和

そして父

重い映画だ。観客に重い問いを投げかけるだけで、解決もハッピーエンドもオチもない。こんな人生の重い問いに誰が応えられるというのだろう。参考文献となったノンフィクション「ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年」の原作者やモデルとなった方から、映画に対する不満が表明され、話題になっているようだが、そりゃそうだろう。現実の葛藤はこんなものではないのは容易に想像できる。もっとキツく過酷な人生であり、この苦しみや葛藤は簡単に解決されるものではない。だから映画では、看護師の悪意という「悪者」を設定することで、フィクションとして成立させ(現実はどうだったのか知らないけれど)、未熟な仕事人間の個人主義的サラリーマンが家族の中で「父になる」という成長物語として描いて見せた。もっとキツく激しい映画にもできたろうが、是枝は静かに二つの家族をただ見守る映画にした。それぐらい重い悲劇的な運命であり、安易に解決しえぬものにしたのは、逆に良かったと思う。

都会と田舎の二つの家を行ったり来たりする意味では、是枝監督の近作TVドラマ『ゴーイング マイ ホーム』と似ている。『ゴーイング マイ ホーム』は、都会でCM制作会社に務める良多(阿部寛)が、父(同じ夏八木勲!)の病を契機に故郷に帰り、家族や人生を見つめ直すホームドラマだ。いわば東京から田舎へ、競争社会から地域の共同体へ、都会の核家族から故郷の(疑似)大家族へと移動し、その間を行きつ戻りつしながら家族や人生を見直す話だった。そして、この『そして父になる』は建設会社のエリートサラリーマン福山雅治が、子供の取り違え事件をきっかけに、高層マンションの自宅と群馬の小さな電気店家族の家を往復しつつ、父になっていく物語だ。そこには、個人主義の競争社会からの離脱、核家族から(疑似)大家族へ、都会から田舎(自然)へという是枝自身の時代のテーマ性が共通している。いわゆる競争社会での経済成長よりも、自然との関係や家族の絆を見直し、自分自身や人生をもう一度見つめ直すという今の時代の要請のようなものが感じられる。

人間が作った研究所の森で「セミが羽化するまで15年かかりました」という台詞が出てくる。家族を取り換えて、新しい家のルールを作ったところで、子供は簡単にそんなルールに馴染めない。人為的に作り上げられた制度や社会に対する違和や抵抗、自然の世界はそんな単純で人間に都合のいいものではない。子供が新たな環境で育つにはそれだけ時間がかかるということだ。時間というものの重みをないがしろにしてはいけない。それは理屈や血筋や遺伝子では測れぬものである。

ラストの福山雅治と息子との再会、父に見放された傷ついた息子の頑なさとその息子を追いかけながら謝る父。並行して隔たった道を歩くシーンは『パリ・テキサス』を思い出した。息子の学校の帰り道、父のトラヴィスが迎えに行き、道路を隔てて父と息子がお互いに距離を持ちながら歩くシーンがある。親子の距離感が描かれる僕の大好きなシーンなのだが、ちょっとそんな場面を思い出した。

二つの家族の単純な対比(都会と田舎、上流階級と庶民派)、やや出来過ぎのリリー・フランキーと真木よう子のあたたかな電気店家族など、やや定型でもの足りないところもあるが、教訓めいた結論を導き出さず、人間を見守る視線の確かさが映画の質を支えている。何よりも是枝得意の子供たちの演出、その自然な振る舞いが注目だし、役者陣の演技のさりげなさも観ていて見応えがある。真木よう子のウィンクはチャーミングだったなぁ。尾野真千子は、もっと病的にノイローゼになるのかと思ったが、映画は福山雅治を孤立化させる方向に進み、二人の母親同士の河原での抱擁がせつなかった。

個人的には『奇跡』のあざとさよりも好きな映画だった。『誰も知らない』という傑作を別にすれば、大家族映画として『歩いても 歩いても』が素晴らしかった。是枝はずっと家族の息苦しさから脱け出した孤独な個人主義(離婚、家族解体)と、その先の疑似家族のような共同体の可能性を模索をしているように思える。

同時期に公開された『凶悪』のリリー・フランキーとの演技の振れ幅が話題になっているが、この映画の彼もいい。偶然だが、電気店というところに妙な共通はあるけれど、いかにもいそうなオヤジだ。ある意味理想的な父親像だが、もっとろくでなしでもよかったかなぁ。


製作年 2013年
製作国 日本
配給 ギャガ
上映時間 120分
監督:是枝裕和
製作:亀山千広、畠中達郎、依田巽
脚本:是枝裕和
撮影:瀧本幹也
キャスト:福山雅治、尾野真千子、真木よう子、リリー・フランキー、二宮慶多、黄升げん、風吹ジュン、國村隼、樹木希林、夏八木勲、中村ゆり、ピエール瀧、高橋和也、田中哲司、井浦新

☆☆☆☆4
(ソ)
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