「金融緩和の罠」藻谷浩介、河野龍太郎、小野善康/萱野稔人・編

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この本はアベノミクスを批判するために書かれた本ではない。2012年に誕生した第二次安倍政権は「大胆な金融緩和」を経済政策の一つに掲げた。しかし1995年から政策金利はほぼ一貫してゼロだし、量的緩和は2001年から5年間も続けられたにもかかわらず、デフレから脱却できていない。貨幣供給量を増やすことでインフレを操作的に生じさせることに、何か危険はないのだろうか?金融緩和の効果と限界、副作用を冷静に見極めるために、金融緩和策に批判的な3人の専門家に萱野稔人がインタビューし、まとめたのが本書である。

『デフレの正体~経済は「人口の波」で動く』で一躍話題の人になった藻谷浩介氏は、基本的に言っていることは同じだ。

<第1章「ミクロの現場を無視したリフレ政策」>


旧来型のマクロ経済政策だけでは日本の経済成長は不可能であり、ミクロな現場、ファクトベースで考えるべきだ。「貨幣供給量を増やせば経済が活性化する」というリフレ論は、マクロ経済学的な思考実験の産物。藻谷は、貨幣現象であるデフレについて語っているのではなく、日本で「デフレ」と呼ばれているものはじつは、「主として現役世代を市場とする商品の供給過剰による値崩れ」というミクロ経済学上の現象であると指摘している。しかし、すべての商品が値崩れしているわけではない。ペットボトルの水は値上がりしているし、スターバックスコーヒーもパンでもケーキでも、ワインでも日本酒でも安いものから売れているわけではない。値崩れを起こしているのは、現役世代の減少に伴う分野、土地や住宅、家電や家具は自動車などだ。つまり、インフレとデフレが共存している。このような状況で金融緩和しても、値上がりしない商品は値上がりしない。リフレ論者は、こうした一つ一つの事実を無視して、平均値さえ上がればいいのだと言っている。

そして、高く売れるモノを裕福な高齢者に売ったり、海外市場に売って生き延びる会社はいくらでも出てくる。ろくに人件費を払えない企業が退場し、消費性向の高い若者と女性に高い人件費を払える企業が生き残っていけば、人口減少であっても経済は拡大していく。そして政府は、金持ちも生活困窮者も一緒に支援するようないまの年金への財政投入をやめて、賦課方式の原則通りの額の支給をすべきだ。高齢者にはまず貯金を使い切ってもらい、その先、困窮する高齢者には生活保護のセーフティーネットを手厚くすればいいのだ。これで、財政支出削減と高齢者の貯金の社会への循環と、高齢化社会に対する不安の払拭を、三つと同時に実現できる。そして、高齢富裕層には、金融資産税や相続税をかけ、他方で贈与税や固定資産税を削減し、なるべくお金を使わせるようにする。人口減少要因を無視したリフレ論を排除し、即効性はないが、以下の3つの対処策で日本経済の体質改善する以外に打つ手はない。

①給料のアップなど、高齢富裕層の貯蓄を若者の給与にまわす努力
②女性の就労者を促進し女性経営者を増やすこと
③外国人観光客の消費を伸ばすこと



証券会社の金融の現場だけでなく、日本の財政・金融政策にも関わっている河野龍太郎氏は、日本経済の問題は構造的なもので、金融緩和をこれ以上推し進めても日本経済の抱える病理は解決しない、むしろ悪化させるリスクもあるという立場の人だ。

<第2章「積極緩和の長期化がもたらす副作用」>


労働力人口が増えると、相対的に物的資本は不足する。たとえば、オフィスで人が増えると、一人あたり占有できるオフィス面積は小さくなる(物的資本の不足)。そしてひとりひとりの営業マンの売り上げに変化がないとすると、オフィスという資本から得られる利益は増加する。つまり資本収益性が高まる。そうなると企業は借金してでも、収益の拡大目指して設備投資(オフィスの拡張)をしようとする。逆に、労働力人口が減り始めると、相対的に物的資本があまり、オフィスに無駄なスペースができる。そうすると資本収益性が低下し、企業経営者は設備投資を躊躇する。むしろ資本ストックを削ろうとする(オフィス縮小、工場をたたむ)。

経済成長は「労働」「資本」「生産性」の増加が必要。「労働力」の減少を、「資本ストック」と「イノベーション」で経済を牽引するから大丈夫だと考えられていた。少ない労働力で同じだけの生産量を維持するため設備投資をするだろうと予測していた。それによって生産性を向上させるイノベーションも進むだろう、と。しかし、現実は、労働力人口増加が止まるとともに、設備投資は減少した。イノベーションは少しはあったが、経済成長を押し上げるまでにはいかなかった。

人口ボーナスがピークに達した時に不動産バブルが各国で起きている。日本は生産年齢の増加から減少に転じたのは、1990年初頭。この時、不動産バブルが起きた。アメリカ、アイルランド、スペインも生産年齢人口のピークは2005年前後。アメリカでは2007年サブプライムローン問題が発生し、2008年リーマンショックへと発展したし、アイルランドもスペインも2007年までに不動産バブルが起きている。ちなみに中国の生産年齢人口のピークは2015年ころである。

人口ボーナス期は、企業経営者は資本ストックを増やそうと設備投資を行う。企業は借り入れをしてでも設備投資をし、投資をすればするほど利益が出る。ところが人口ボーナスが終わりに近づくころになると、投資といっても収益性の高い投資プロジェクトはやり尽くされている。それなのにブームは続いて、まだまだ不動産価格が上がるぞと見えてしまう。不動産やオフィスに必要以上の資本が集まって、相場とはかけ離れた価格に釣りあがっていく。だからこそ、人口ボーナス期からオーナス期へと入った瞬間、設備投資の抑制がはじまって、価格を釣り上げていた投資ブームが冷めてしまい、バブル崩壊へと至る。

バブル崩壊後の金融ショックには、大胆な金融緩和は有効だが、現在の日本の低成長はそういう危機ではない。人口動態の変化という原因を見極めずして、もっと財政政策を、もっと金融緩和をしてもリスクが広がるだけ。「財政政策は所得の前借りであり、金融政策は需要の前倒し」である。国債という借金を元手に、公共投資を行い、減税や補助金を使って設備投資を増やそうとする。財政出動して一時的に景気が上向いたように見えても、価値を生み出さなければ、将来の国民の所得を前借りしているだけ。金融政策で金利が下がり、借金しやすくしても、需要タイミングが早まるだけ。

現役世代は将来の社会保障制度の持続可能性を疑い、消費を抑制し、企業も設備投資を抑制する。そのお金は貯蓄にまわっている。金融機関は、企業に投資をせずに日銀が買い支えてくれる国債を買っている。これは飢えたタコが自らの足を食べ始めたようなもの。政府は国民に払う社会保障給付や公的債務の返済を税収で賄えず、銀行に国債を買わせて借金をする。その銀行の資金は国民の預貯金なのだ。いずれ日本が膨大な借金を返済できないとわかると、長期金利の急上昇、国債の暴落、銀行破たん、預金の価値も失われてしまう日本経済の突然死が来るかもしれないのだ。そのリスクを避けるためには、ゼロ金利政策を解除して、金利を正常な状態に持っていき、副作用のある劇薬ではなく、安定性を主眼に置いた政策をとるしかない。


この対談でもっとも興味深かったのは最後の小野善康氏による「お金への欲望」が需要を停滞させているという話しだ。

<第3章「お金の欲望に金融緩和は勝てない」>


発展途上社会では生産力が低くてモノへの欲望が大きいから、お金の欲望は現れなかった。ところが、生産力が拡大してモノが大量に生産されるようになると、それ以上のモノへの欲望が減ってきて、お金の欲望が現れてくる。それが成熟社会だ。

お金が単なる交換手段ならば、目的はそれを使ってモノを手に入れることだ。モノを作ってそれを販売し、その価値のぶんだけ所得が入れば、そのお金はすべてモノやサービスに向けられる。だから作ったモノの価値だけモノが売れ、生産過剰もなく、失業も起きない。これが新古典派経済学の「セイの法則」だ。ケインズはこの「セイの法則」を否定しようとしたが、その後の経済学者たちはまた「セイの法則」に戻ってしまった。

「お金がもったいないから買わない」。このお金の魅力に人々がとりつかれて、モノに比べたお金の価値がどんどん上がっていく。これがデフレなのだ。

そんな状態でいくら貨幣量を日銀が増やしても、そのまま企業や金融機関に貨幣が保有されるだけで消費は増えず、企業の設備稼働率も上がらない。いくら金利が低いからといっても生産設備を拡張することも、投資需要も増えない。

物価が下がることで需要が回復するのではなく、お金を持つことが有利になって、需要が抑えられてしまう。ではインフレ・ターゲットはどうか?短期不況であれば、インフレ期待で消費意欲の回復も可能だが、失業が常態化している長期不況では、人余りモノ余りが続いている状況では、お金が増えても貯めておこうと思うだけだ。

構造改革で、効率化を進め生産力は上がるかもしれないが、需要が拡大しない限り、労働者はいらなくなるだけ。賃金カットや人員削減の利潤確保は、不況を長引かせるだけであり、「市場の効率化」はお金への執着を煽るだけなのだ。

そこで小野氏が指摘するのは、介護・保育の充実によって雇用を拡大することだ。成熟社会の成長戦略とは、余り気味の生産能力をどうやって少しでも国民に役立つ仕事にまわすか、ということ。介護ビジネスは、人ばかりかかって儲からない。成長産業は民間がやればいいこと。政府は失業者を減らし、介護・保育などの福祉を充実させ、国民生活の質を上げることをすべきなのだ。

「増税するなら無駄遣いはやめろ」と批判が出る。財政支出を切り詰め、公共事業は削減され、GDPを引き下げ、雇用も減り、景気が悪化する。それで税収が減って、財政赤字ばかりが膨らむ悪循環。国債の信用も危うい事態になっている。

そして、高齢者福祉には、年金などのお金よりもモノやサービスの「現物給付」を増やすこと。お金を使おうとしない高齢者には直接モノやサービスを提供し、失業者に安定した雇用を生み出すこと。国土強靭化の公共事業もいいが、継続的に雇用を生み出すためには介護や保育のほうがいい。

お金にしがみついている人生は、底知れない不安に支配された人生なのかもしれない。貨幣の供給量が足りないので増やす、といった技術的なことではなく、人々の不安を解消し、お金への執着を小さくすることが、正しい経済政策なのだ。

多くの経済学者がいろんなことを言っている。何が正解なのかわからない。アベノミクスの3本の矢が成功するかもしれない。あるいは大胆な金融緩和で、未曾有の危機、ハイパーインフレを起こすことになるのかもしれない。いろんな要素が複雑に絡まりあっているだけに、未来のことは誰もわからない。ただ、高度資本主義社会がアメリカもヨーロッパも日本も大きな曲がり角に来ていることは間違いない。これまでの経済学の考え方に囚われず、新たな発想で未来を切り拓く時代に来ているのかもしれない。

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