「没落する文明」萱野稔人・神里達博

没落

日本列島は天災とともにある。かつても今も。戦後、地震のない時期に奇跡的な経済成長を成し遂げたのが日本だ。それが阪神・淡路大震災や東日本大震災で、日本が折り重なるプレートの上に存在していることをもう一度思い出させてくれたのだ。ユーラシアプレート、北米プレート、太平洋プレート、フィリピン海プレートという4つのプレートが衝突して、地殻が変動して陸地が出来たのが日本列島だ。だから日本にとって地震は「存在の条件」なのだ。

その天災リスクをもう一度認識しよう。富士山噴火だって、近い将来、あり得ないことではない。そのリスクから目を背けることなく、変わりつつある今の時代に向き合おうという本である。リスクと社会の相互作用を論じてきた科学史家の神里達博と国家と資本主義の構造を原理的に問い直してきた哲学者、萱野稔人の対談。


神里 日本社会は結果よりもプロセスを重視するのは、地震や噴火、台風といった天災リスクを付き合っていくうちに、人為の限界、人間のつくったものは必ず壊れるという感覚が、日本人の中に強く植え付けられてきたからではないか。日本列島では、万里の長城やピラミッドに象徴されるような完成を目指す文明を作るよりは、20年に一度つくりかえる伊勢神宮の遷宮に象徴されるような、プロセス自体を目標にする文化が形成された。

日本ではトップダウンによる意思決定は避けられ、ボトムアップ型の意思決定の方が好まれる。決定の絶対性ではなく、意見調整のプロセスそのものが重視される。同調圧力が強いのもプロセス重視の意思決定と関係している。トップダウンの権力が発動することは、噴火や地震のような天災に比べれば些細なものに見えてしまう。

萱野 それは、丸山真男が言うところの「無責任の体系」とつながる。太平洋戦争に至る近代日本の支配構造は誰も責任を取ることなく進んでいった。全体的な意見調整のプロセスとして「なんとなく」なされる。日本では決定が特定の人間やグループによって明示的になされないので、責任も明確にならない。

神里 日本では天変地異が革命の役割を果たしている。天変地異によって強制的に人間関係や社会システムが破壊され、つくりなおされる。平安期以前だと、天変地異が起きて遷都する。天災以外にも疫病などもあるが、予期せぬ災害が社会体制を切り替える文化的なDNAがある。

天災があまりにも多いため、住民が国家に対して「自分たちを守ってくれるもの」としてあまりアテにしない。権力者が突出して意志的にものごとを決定することを忌避する傾向にある。みんなでなんとなく決定することを良しとするのが日本人の「反権力」性。

日本人が権力を軽視することの文明史的な背景には、もう一つ、権力に頼らなくても人々がそれだけ食べていける肥沃な環境がある。関東軍の暴走でも、現場主義の問題。国家として一つに統合する力が弱いのも、一部の領域の暴走が起こりやすいから。

萱野 「作為」の論理が定着しずらく、「自然」の論理に回収される。自然の成り行きの結果として物事を語りたがる。福祉政策のために国家が権力を行使して分配することにも否認する傾向が強い。自己責任の観念が強く、自然の力を認め、政治権力の「作為」は認めたくない。「食えないのは本人が悪いんじゃないの?」という感覚。

神里 リスクの可視化を嫌がる傾向が強い。富士山噴火のリスクが大きいのにもかかわらず、リスク・マネジメントが出来ない。

萱野 日本は川から水を引く農耕が中心だから、治水でも灌漑でも大きな共同体による管理が必要となるが、ヨーロッパでは、雨水による農耕が中心だから、それほど共同体は必要とされず、個の独立性が高くなっている。
稲作は、米1粒の種で30粒ほど収穫できるが、麦は6粒ぐらいしか収穫できない。だから同じ大きさの土地で養える人口が違ってくる。水田地帯の方が人口密度が高いのはそのためで、土地の生産性は人口密度に直結する。

約1万年前に氷河期が終わり、狩りをしながら移動する狩猟生活ができなくなったことで、人類は貯蔵しなければならなくなって、定住がはじまり、農耕が始まった。農耕を始めたから定住するようになったのではない。人口が少なくて狩猟でやっている方が楽なのだが、狩りが出来なくなったのだ。農耕を始めると人口が増えて、ますます働いて収穫を増やさないと、増えた人口を養えない。そしてテクノロジーによって生産性を高めていったのが、他の動物と人間が区別されるスタートになった。農耕はやめるにやめられない人間の「業」であり、定住生活は疾病リスクもある。

農耕とは自然に負荷をかけながら自然を改変する。治水や灌漑や土木工事などによって権力が生まれ、国家の原型ができた。土地、労働、生産物、この3つが権力の生態にとっての基本要素である。それをコントロールすることで権力や国家の支配階級が生まれる。

経済成長を経験したのはたかだか1820年以降のごく最近のことに過ぎない(経済史家アンガス・マディソン)。1世紀から19世紀初頭までは、一人当たりの所得で見た世界経済はほとんど成長していない。至上命題のように自明視している経済成長は、人類史的には例外なのだ。

経済成長とは、生産力の拡大と人口の爆発的増加をもたらした化石燃料のよるエネルギー革命が決定的だった。18世紀の石炭を原料としたコークス製鉄法が発明され、鉄の生産と石炭を原料とした蒸気機関の実用化がモノの生産と輸送を拡大した。特にイギリスでこれが始まった。19世紀の蒸気船と蒸気機関車に続いて、20世紀は石油をエネルギー源としたガソリンエンジンを動力として、自動車と飛行機が中心となり、成長していった。

神里 古代では木材によるエネルギー革命が起きて、木材を使い切ってしまい、古代文明は「脱物質文明化」していった。そして精神的な文化やキリスト教など宗教が拡大し、禁欲主義的になっていった。1973年、英米系の石油会社の独占が崩れ、中東などの産油国の台頭でオイルショックが起きて、アメリカのヘゲモニーの曲がり角になった。石炭時代のヘゲモニーを握ったイギリスは、蒸気船によって海を制し、石油の時代になって、アメリカは航空機で空を制した。石炭、石油、原子力とエネルギーシフトは戦争によって起きてきた。原子力のコントロールは限界にきているし、海や空の制空を経て、次なる空間はもう宇宙しかない。その宇宙でさえもすでに宇宙のゴミの環境問題が起きているし、経済成長をもたらす新しいエネルギー開発も今のところ考えられない。そして、過剰なエネルギー消費がもたらすBSEや鳥インフルエンザなどの病気リスクも増えてきている。

萱野 現代の日本は二つのリスクを抱えている。自然災害のリスクと縮小社会のリスクだ。この位相の違う二つのリスクをどう両立させていくかが課題だ。そのリスクを、アングロサクソン的に個人の自己責任や自己判断に委ねるのではなく、社会的に引き受けるべきだ。

日本は水害に悩まされてきた反面、水資源が豊富だ。世界全体が水不足に直面していく中で、大きなアドバンテージだし、日本の国土の三分の二は森林であり、治山の伝統もある。食糧生産も、工業化以前では、この狭い土地で人口を養うだけの自然のリソースはあった。

「輸出立国」というのも幻想。実際には日本の輸出依存度は先進国の中でも低いにもかかわらず、輸出によって成長を取り入れることしか日本経済の活路がないと思っている人が多すぎる。国を挙げて、新興国との低価格競争に勝つためにコストカットするのでは、内需縮小、外需依存、国内経済のぜい弱化の悪循環に陥るだけ。今直面している経済停滞は、市場における景気循環の一局面なのではなく、エネルギーの問題や人口動態をも含んだ、人類史的な生産拡大の行き詰まりの反映だ。

神里 ここしばらくはエネルギーの革命はないだろうという前提に立てば、エネルギーを背景とした支配力(イギリスの石炭やアメリカの石油のような)という考え方自体が変更される。そのときは、環境問題や公害等の負の問題を処理する力が、国力になる時代になる。大震災と原発事故という経験を適切に乗り越えることが必要なのだ。

萱野 ヘゲモニーは生産力が大きい国に移っていった。エネルギーに立脚した生産力、それを背景にした軍事力という拡大志向。しかし軍事力は飽和状態だし、宇宙の展開も限界にきている。

神里 日本は世界の最先端をいく国になる可能性がある。他に先駆けて金融不動産バブルが起こり、9.11テロよりも前にオウム真理教のテロが起きている。そして今回の自然災害と原発事故がある。

萱野 少子高齢化も日本は課題先進国。バブル崩壊後の財政危機も、欧米でいま繰り返されている。その先行性を生かしながら、縮小する社会に向けての解決モデル、負の課題に対処する力こそが、これからの日本の国力になる。



スポンサーサイト

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
210位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
98位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター