「ザ・マスター」ポール・トーマス・アンダーソン

ザマスター

過剰と欠落。コインの裏表のように、二人の男は惹かれあう。新興宗教の教祖マスター(フィリップ・シーモア・ホフマン)と元海兵隊員でアルコール依存症で戦争のPTSDとなっている病的な男フレディ(ホアキン・フェニックス)。この二人を演じる役者が素晴らしい。とくに、いつもながらの圧倒的な存在感フィリップ・シーモア・ホフマンは凄い。ポール・トーマス・アンダーソン監督の前作『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の石油王のダニエル・デイ=ルイスも圧倒的な存在感だったが、マスターと呼ばれるこの男の強烈さこそ、矛盾に満ちた人間の欲望と存在の謎を体現している。彼は言う。「人間の全ての体験は記憶されており、その記憶を遡り"問題"と向き合うことで、精神的なトラウマを克服することが出来る」と。かつての記憶、前世の記憶と向き合うこと。そんな虚構世界に人を導くカリスマ性と詐欺性。一方で、病的で凶暴で性的トラウマを抱えた危ない男フレディに惹かれていく。この病の男をホアキン・フェニックスも好演している。

そして、映画全体を支配する圧倒的な映像の迫力。どのカットをとっても素晴らしい。船の甲板から撮影される海の白い波しぶき。人間の混沌を表すような映像が何度か挿入される。夜の船上パーティーの光の美しさや砂漠のオートバイの無意味な疾走。陰影のある人物のクローズアップ。毛皮を着て歩くモデルと暗室での密会、砂の女を抱く男や夫のマスターの性的処理をする妻の場面や女性たちがオールヌードになるパーティーの幻想などドキッとする映像が随所に挿入されている。

フレディが心の恋人ドリスを訪ねる場面がせつない。かつて16歳だったドリスは、23歳になって結婚していて不在だった。ドリスの母親との途切れ途切れの会話。この映画では、台詞そのものに意味があるのではなく、台詞と台詞の間合いや表情、佇まいにこそ、人間の真実があることを教えてくれる。人間そのものの矛盾や謎をまるごと描こうとするポール・トーマス・アンダーソン監督の描写力は、アメリカ映画界にあって特筆すべき存在であるのは間違いない。

<追記>
この映画について、どこまで語ることが意味があるのか。解釈とは、あくまでも一つの見方であって、それが全てではない。それだけ、この映画の奥行きや幅は広い。自在な解釈が成り立つ映画とも言えるだろう。

それで、もう少し突っ込んでこの映画を理解しようとした時に思ったのは、マスターとフレディの関係は惹かれあう男と男の関係なのかもしれないということだ。お互いに過剰さと欠落さを抱えたコインの裏と表のような二人は、実は似ているのかもしれない。支配し、コントロールしたいという思いと同時に、付き従いコントロールされたいという二重の思い。そんな似たような姿を二人はお互いに見たのかもしれない。しかし、マスターは新興宗教ザ・コーズの指導者であり、その作法に乗っ取りながら、フレディを救おうとする。壁と窓の往復のような洗脳的治療には、本来のマスターとフレディが求めた関係とは違う組織の論理が支配している。そして、この組織をコントロールしているのは、妻のペギー(エイミー・アダムス)なのかもしれない。夫のマスターをもコントロールしている妻の存在。だからこそ、マスターとフレディは教祖と信者という役割の中で、うまく関係を築けなかった。本来ならふざけ合い、身体をぶつけ合い、心を分かち合いたい存在なのに。

「君はマスターを必要としない世界最初の人間になる」とマスターはフレディに最後に告げるが、それはマスターからフレディへの愛の諦めの言葉のように思える。誰もが「マスター」を必要とするし、だれもが誰かをコントロールし、癒したいという願望を持っている。それが愛だとも言えるし、支配―被支配の関係にもなり得る。この映画は、惹かれあった二人の男たちが、支配―被支配という組織の中でうまく関係を保てなかった不幸な物語なのかもしれない。宗教と愛は分かちがたく、ぶつかり合う。
 

原題 The Master
製作年 2012年
製作国 アメリカ
配給 ファントム・フィルム
上映時間 138分
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
製作:ジョアン・セラー、ダニエル・ルピ、ポール・トーマス・アンダーソン、ミーガン・エリソン
製作総指揮:アダム・ソムナー、テッド・シッパー
脚本:ポール・トーマス・アンダーソン
撮影:ミハイ・マライメア・Jr.
美術:ジャック・フィスク、デビッド・クランク
音楽:ジョニー・グリーンウッド
キャスト:ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン、エイミー・アダムス、ローラ・ダーン、アンビル・チルダース、ラミ・マレック、ジェシー・プレモンス、ケビン・J・オコナー、クリストファー・エバン・ウェルチ

☆☆☆☆4
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