「抱きしめたい 真実の物語」塩田明彦

抱きしめたい

この映画に関しては関係者になるので、客観的な映画評にはなり得ませんのでご了承ください。エンドクレジットに関係者として名前が載っております。

この映画は、HBC北海道放送のドキュメンタリー「記憶障害の花嫁」がキッカケとなり映画化されたものである。実話がベースだ。本当に貪欲に幸せを求めて生き、不幸にして病気で亡くなった一人の女性がいた。彼女は交通事故で高次脳機能障害になった。記憶に障害を抱えつつ、車椅子生活でありながらも人生に臆することなく前向きに生きた素晴らしい女性であった。その女性が恋をし、結婚し、子供を産んだ人生。その彼女の人生をベースに映画が作られた。

映画の企画としては『余命1ヶ月の花嫁』が思い出されるし、難病モノだし、お涙頂戴的な意図が感じられる。そして多くの観客が泣きたくてこの映画を観に来るのかもしれない。泣きたくて、感動したくて、観たくなる映画というものがあることは否定しない。映画にはそのような作用があるし、効果もある。だけど僕は、泣かせようとする意図がハッキリと感じられる映画は好きではない。不幸や難病を煽りつつ、生きることの困難さと生きていることの幸福と奇跡を表現する類の映画だ。そして、この映画もその範疇に入る・・と言えるのかもしれない。

だけど、ハッキリ言うと、この映画はあえて泣かせようとはしていない。そこに塩田明彦監督の矜持があるように思う。一人の女性がある男性を好きになって結ばれた恋物語であり、たまたま彼女が高次脳機能障害という病気を抱えた障がい者で、不幸な亡くなり方をした女性であるに過ぎないという描き方だ。彼女の身の上が障がい者であることで、結婚や出産など両親との確執や困難があることが、物語として大きな要素になっている。それでも、塩田監督が描こうとしているのは、そんな困難な状況の中でも前向きに生きようとした一人の女性の思いだ。そして、そんな彼女を包み込むようにして一緒に生きた一人の男性の思いだ。だから、不幸な病気での突然の彼女の死もまた、ことさら悲劇的に描いているわけではない。残念で不幸な事実として描いているにすぎないのだ。

そしてこの映画は、ドキュメンタリーのように撮られている。カットをあまり割らず、長回しも多いし、現場ではリハーサルはほとんどやらなかったと聞く。そこに作りもの的要素を極力排除し、俳優のリアルな身体的な動きや思いを大事に撮ったのだろうという監督の意図を感じる。

さて、映画の中で特殊な気になるカットが二つあった。一つは、ドキュメンタリーの映像のように、障がい者の施設でつかさ(北川景子)と一緒の子供たちを捉えたカメラのズーム画像だ。普通ならインサートで別の映像が挿入される所が、そのまま使われるはずもない素早いズームが使われている。きれいな映像よりも、たぶん現実の障がい者の子供たちをちゃんと描こうとしたのだろう。そのズームは、子役である女の子への意図的なズームではなく、リアルタイムで現実を捉えた時にカメラマンが意図しないで使ったズームのように思える。

もう一つは、ワンカット長回しの場面だ。この映画でワンカット長回しはしばしば用いられている。たとえば宣伝に多く使われた夜の遊園地の回転木馬のシーンは、テストなしでぶっつけ本番で撮影されたようだが、上下する回転木馬に乗っているつかさ(北川景子)にキスをする雅己(錦戸亮)が長めのワンカットで描かれる。キスをしては木馬の上昇運動で二人は離れ、その距離感が絶妙で、作為を超えた幸福な雰囲気を作り出している。

そして、つかさの実家で二人が結婚をしたいと、母親の風吹ジュンに言う場面もワンカット長回しだ。風吹ジュンが席を立ってフレームアウトしつつ、古い箱を持ってきて、その中に詰まっている過去の病気との格闘のビデオ記録を見なさいと雅巳に言う場面まで、ずーっと3ショットのままだ。とても大事なシーンであるのは言うまでもない。

そして、一番気になったシーンが、つかさに子供が出来たとわかった後に、母である風吹ジュンが「許せない」と雅己に言う海辺のベンチの場面だ。ベンチを立った風吹ジュンがフレームアウトして、錦戸亮は立ち上がる。画面はそのままカットが変わらず、会話が続く。風吹ジュンが座っていた画面の下手は空いたまま、上手の錦戸亮は上手にフレームアウトした風吹ジュンに頭を下げる。なかなかカットを割らないのだ。この普通ではありえないカットが妙に印象に残るのだ。奇妙な左空きの構図のまま彼が頭を下げ続けた後に、ようやく「コーヒーありがとう」という風吹ジュンのカットが挿入される。どうにもならなかった二人と母親の関係が表現されている場面として印象に残った。

だから僕はこの映画が、つかさの病気を見守り支え続けてきた母親とその娘が最愛の人と一緒になり子供を産むまでの親子の葛藤のドラマとしても見れると思うのだ。子供が生まれた時、雅己の父親である国村隼が、「最初に子供を抱くのはアンタだ」と言って、母親である風吹ジュンが赤ちゃんを抱く場面に、僕は胸が詰まった。風吹ジュンの親の立場でこの映画を僕は観ていた。だから、母親の苦労とヨロコビがなんだか妙に胸に詰まるのだ。風吹ジュンと国村隼の芝居とともに印象に残った。そして北川景子と錦戸亮のナチュラルな演技がなんといってもこの映画が気持ちよく見れる要因だ。

この作品は、死ぬことの悲劇や不幸を描いた映画ではなく、困難にもかかわらず生きることのヨロコビを描いた映画なのだ。だから、泣けないけれどとても温かい気持ちになれる。寒く冷たい冬の網走の風景とアンバランスなハワイアンなウクレレの「オーバー・ザ・レインボー」の音楽がとても心地よい。

ちなみに塩田明彦監督は「害虫」「月光の囁き」が特に僕は好きです。「カナリア」は未見なので今度見なきゃと思っています。


製作年 2014年
製作国 日本
配給 東宝
上映時間 122分
監督:塩田明彦
企画プロデュース:平野隆
エグゼクティブプロデューサー:田代秀樹
プロデューサー:下田淳行、田中敦、辻本珠子
脚本:斉藤ひろし、塩田明彦
撮影:喜久村徳章
音楽:村松崇継
主題歌:安室奈美恵
キャスト:北川景子、錦戸亮、上地雄輔、斎藤工、平山あや、佐藤江梨子、佐藤めぐみ、窪田正孝、寺門ジモン、角替和枝、國村隼、風吹ジュン

☆☆☆☆4
(タ)
スポンサーサイト

テーマ : 映画レビュー
ジャンル : 映画

tag : ☆☆☆☆4

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

Author:Yasuo K  ( ヒデヨシ)
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


twitter 719hideyosi

最新記事
お気に入り度
テレビドラマ「カルテット」
映画あいうえお順
カテゴリ
映画ジャンル&☆ランク
映画監督別
アキ・カウリスマキ
アラン・レネ
アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ
アルフレッド・ヒッチコック
アンドレイ・タルコフスキー
イエジー・スコリモフスキ
イザベル・コイシェ
ウェス・アンダーソン
ウディ・アレン
ヴィム・ヴェンダース
エドワード・ヤン
エミール・クストリッツァ
エリック・ロメール
オーソン・ウェルズ
ガス・ヴァン・サント
ギジェルモ・アリアガ
クエンティン・タランティーノ
クリント・イーストウッド
グザヴィエ・ドラン
コーエン兄弟
サム・ペキンパー
シドニー・ルメット
ジム・ジャームッシュ
ジャック・ロジエ
ジャン=リュック・ゴダール
ジョン・カサヴェテス
タヴィアーニ兄弟
ダルデンヌ兄弟
テオ・アンゲロプロス
テリー・ギリアム
ニキータ・ミハルコフ
ニコラス・レイ
パトリス・ル・コント
ハワード・ホークス
ビリー・ワイルダー
フェデリコ・フェリーニ
ファティ・アキン
フランソワ・オゾン
フランソワ・トリュフォー
ペドロ・アルモドバル
ポール・トーマス・アンダーソン
マイケル・ウィンターボトム
ミヒャエル・ハネケ
ラース・フォン・トリアー
ロバート・アルトマン
ロベール・ブレッソン
ロマン・ポランスキー

青山真治
今村昌平
犬童一心
石井裕也
大森立嗣
小津安二郎
北野武
宮藤官九郎
熊切和嘉
神代辰巳
黒沢清
是枝裕和
鈴木清順
園子温
成瀬巳喜男
西川美和
濱口竜介
深田晃司
藤田敏八
前田司郎
三木聡
山下敦弘
吉田喜重
読書感想・作家別
月別アーカイブ
アクセスランキング
[ジャンルランキング]
映画
149位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
レビュー
73位
アクセスランキングを見る>>
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
映画ベスト10 2009~2016年
2016年ベスト10
<洋画>
    ダゲレオタイプの女
    マイ・ファニー・レディ
    キャロル
    シング・ストリート 未来へのうた
    リザとキツネと恋する死者たち
    グッバイ・サマー
    サウルの息子
    マジカル・ガール
    ブリッジ・オブ・スパイ
    手紙は憶えている
<日本映画>
    淵に立つ
    クリーピー 偽りの隣人
    海よりもまだ深く
    ふきげんな過去
    SCOOP!
    永い言い訳
    オーバー・フェンス
    ディストラクション・ベイビーズ
    葛城事件
    湯を沸かすほどに熱い愛
    次点この世界の片隅に


2015年ベスト10
<洋画>
    やさしい女
    さよなら人類
    さらば、愛の言葉よ
    毛皮にヴィーナス
    雪の轍
    愛して飲んで歌って
    サンドラの週末
    サイの季節
    インヒアレント・ヴァイス
    ソニはご機嫌ななめ

<日本映画>
    海街dairy
    岸辺の旅
    FOUJITA
    百円の恋
    この国の空


2014年ベスト10
<洋画>
    エレニの帰郷
    グランド・ブタペスト・ホテル
    罪の手ざわり
    ウルフ・オブ・ウォールストリート
    ジャージー・ボーイズ
    インサイド・ルーウィン・デイヴィス
    6才のボクが、大人になるまで。
    フランシス・ハ
    ウォールフラワー
    ある過去の行方

    <日本映画>
    そこのみにて光輝く
    ニシノユキヒコの恋と冒険
    紙の月
    Sventh Code
    私の男


      2013年映画ベスト5
<洋画>
    1、「愛、アムール」
    2、「ホーリー・モーターズ」
    3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
    4、「いとしきエブリデイ」
    5、「ムーンライズ・キングダム」
    ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

    <日本映画>
    1、「共喰い」
    2、「さよなら渓谷」
    3、「恋の渦」
    4、「リアル 完全なる首長竜の日」
    5、「Playback」(2012年)


    2012年映画ベスト10
<洋画>
    2、「少年と自転車」
    3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
    4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
    5、「きっと ここが帰る場所」
    6、「ドライヴ」
    7、「風にそよぐ草」
    8、「恋のロンドン狂騒曲」
    9、「おとなのけんか」
    10、「別離」
    次点 「裏切りのサーカス」
番外
    「永遠の僕たち」
    「J・エドガー」
    「家族の庭」

    3、「演劇1&2」
    4、「夢売るふたり」
    5、「アウトレイジビヨンド」
    番外 「ヒミズ」


2011年映画ベスト10
    3,「ブルーバレンタイン」
    4,「愛する人」
    5,「クリスマス・ストーリー」
    6,「トゥルー・グリット」
    7,「SOMEWHERE」
    8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
    9,「エリックを探して」
    10,「シリアスマン」
    次点,「エッセンシャル・キリング」

    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
検索フォーム
ブックマーク
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
FC2カウンター