「エレニの帰郷」テオ・アンゲロプロス

「エレニの旅」(2004)から始まった20世紀を題材とした3部作の第2部で、男女3人の半世紀にわたる愛の叙事詩。テオ・アンゲロプロス監督は、この続編の第3部を撮影中の2012年に事故で他界。3部作は未完となっている。

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圧倒的な映像で観る者はしばし呼吸するのを忘れてしまうほどであり、鳥肌が立つ瞬間が何度もある。それがテオ・アンゲロプロスの映画だ。

イタリアのチネチッタ撮影所から始まる本作は、ギリシャ系アメリカ人の映画監督A(ウィレム・デフォー)が時代に翻弄された両親の人生と20世紀の歴史的事件そのものを重ねて描こうとをしていた。ラストシーンがまだ決まっていないらしい。すると映像は現代の映画監督の撮影所での場面から、彼が撮った過去の母たちの映画の世界へすーっと移っていく。この映画は、映画に描かれた昔の両親たちが生きた時代と現代の監督たちの時代が交互に行き来する。

ヒッチコックのスパイ映画の列車のシーンのように、ある男が別の男に成り代わって国を脱出する。場所は変わって、旧ソ連のカザフスタンの真っ白い大地。男が女の後を追って古びた市電に乗りこむ。この圧倒的な白い大地が何も無くて世界の果てのようで美しい。そして市電の中で男スピロス(ミシェル・ピッコリ)と女エレニ(イレーヌ・ジャコブ)は再会する。愛し合っている二人がやっとこの地で出会えたらしい。そして二人でソ連を脱出することを決意する。その時、市電の窓ガラス越しに広場に続々と集まってくる人々が見えてくる。どうやらスターリンが死んだらしい。広場にスターリン追悼のため集まった人々の顔、顔、顔。その顔からクレーンアップしていく映像がまたすごい迫力。アンゲロプロスらしい群衆を描いた長回しのワンカットである。広場に集まった人々は、追悼式が終わると散り散りにいなくなっていく。それはまるで夢のようでもある。多くの群衆の顔が埋め尽くされた広場には誰もいなくなる。

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1953年、スターリンが死んだ夜に市電で愛し合っていた二人は、ソ連共産党に見つかり、また引き離されてシベリアの流刑地に送られる。その時エレニのお腹に宿した子供が映画監督のAである。スターリンの死と新たな生の誕生。生と死はいつでも交差する。

流刑地シベリアでの階段を黙々と昇る人々のシーンも印象的だ。人々はどこへ行くのか。還る場所はあるのか?あるいは「第三の翼」をもって飛び立てるのか?ドイツ語が出来るということで呼びつけられたヤコブとエレニが行った場所には、スターリンの銅像があちこちに置かれている。または、ベルリンのテロ事件で、部屋に壊された数々のテレビのブラウン管が放置されている。時代とともに不要になっていくモノたち。

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イタリアのローマ、カザフスタン、流刑地のシベリア、ハンガリーとオーストリアの国境、ニューヨーク、カナダのトロント国境、そして全員が再会するベルリンと次々と都市が移り変わり、時間と空間が交錯する。特に国境が何度か出てくる。旧ソ連から逃げてきた難民は、ハンガリーとオーストリアの国境で、イスラエルに行くか、アメリカその他の国に行くか二つの列に分けられる。シベリア流刑地から行動を共にしてきたドイツ系ユダヤ人のヤコブ(ブルーノ・ガンツ)とエレ二が別れる場面だ。ユダヤ人であるヤコブは夢の永住地、還る場所としてのイスラエルへ。ユダヤ人でないエレ二はもう一つの列へ。国を追われる人々を描き続けてきたテオ・アンゲロプロスにとって、国境はたびたび象徴的に描かれる。国とは何か?国と国の境を定める国境にどんな意味があるのか?政治や国に引き裂かれる人々…。

同じワンカットの中で時間(時代)が変わってしまう驚きの離れ業を「旅芸人の記録」でテオ・アンゲロプロスは平然とやってのけて観客を驚かせた。この映画でもワンカットで時間のジャンプをやっている。老年になって再会したエレニとスピロス、そしてヤコブが、ベルリンのとあるバーに行くと、同じカットの中でスピロスは一人、トロントのバーに移っている。瞬時に時空を一気に越えるのだ。過去に遡ったスピロスはエレニの名を呼び、エレニは若返って登場する。皿を割る音。そして去っていくエレニ。「行かないでくれ」と慟哭するスピロス。

愛し合っていたスピロスとエレニは、政治的理由で国を追われ、離れ離れになる。そして再会と別離を繰り返しつつ、エレニはユダヤ人のヤコブと親しくなりニューヨークで暮らし、スピロスも別の暮らしをしている。テオ・アンゲロプロスは、音楽、ダンス、駅や列車や船や川、そして国境を執拗に描き続け、出会いと別れを繰り返す。そんな時代と国を超えて彷徨い続けた3人は、東西ドイツの壁が壊されたベルリンの地で再会する。

1999年の20世紀の終わり。死の直前、駅でエレニとヤコブが踊るシーンは美しい。夜のオーストリア国境での束の間のダンスが再び繰り返されるのだ。ラスト、「還る場所はもうない」と眠るエレニに別れを告げ、運河で船から両手を広げて身の投げるヤコブ。「第三の翼」を求めて。彷徨い続ける3人の魂は、還る場所を求めつつも結局はどこにもその場所を見い出せなかった。

孫のエレニもまた死に場所を求めてベルリンの街を彷徨う。廃墟のような浮浪者が集まる建物で、飛び降りようとするエレニを抱きとめるのは、祖母のエレニだ。静かに死を受け入れる祖母のエレニの魂は、大きく開け放たれた窓の向こうに旅立ったのか。祖母のエレニから孫のエレニへ。時空を超えて、彷徨する魂が未来へとつながっていく。

冒頭のモノローグ

何も終わっていない。終わるものはない。帰るのだ…。物語はいつしか過去に埋もれ、時の埃にまみれて見えなくなるが、それでもいつか不意に、夢のように戻ってくる。終わるものはない。


時の埃が雪のように降り積もった過去の埋もれた物語は、いつか不意に夢のように戻ってくる。いくつもの国境を越えて彷徨った魂は、時空を超えてつながっていく。



原題 Trilogia II: I skoni tou hronou
製作年 2008年
製作国 ギリシャ・ドイツ・カナダ・ロシア合作
配給 東映
上映時間 127分
監督:テオ・アンゲロプロス
製作:テオ・アンゲロプロス
脚本:テオ・アンゲロプロス、トニーノ・グエッラ、ペトロス・マルカリス
撮影:アンドレアス・シナノス
美術:アンドレア・クリザンティ
音楽:エレニ・カラインドル
キャスト:ウィレム・デフォー、ブルーノ・ガンツ、ミシェル・ピッコリ、イレーヌ・ジャコブ、クリスティアーネ・パウル

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