「ニシノユキヒコの恋と冒険」井口奈己

ニシノユキヒコ

「人のセックスを笑うな」の井口奈己監督がまたユニークな不思議な映画を作った。川上弘美原作。オンナゴコロをなぜかわかってしまう色男ニシノユキヒコ、だが彼はいつもフラれてしまう。そんな男と女たちの恋の物語である。原作は10個ぐらいの恋のエピソードがあったような気がするが、映画はコンパクトにまとめている。特に映画として成功しているのは、ニシノユキヒコを幽霊として早々と登場させて、彼と付き合った女たちが彼のお葬式に集まり、そこでの回想という形で過去の恋を紹介している構造になっているところだ。

何よりもニシノユキヒコは幽霊なのだ。ある意味生きているときから、幽霊だったようにも思える。女性たちの言葉と裏腹のオンナゴコロを彼女自身よりも先に理解し、行動する。女性の思いや欲望をすべて受け入れるスポンジのような男。ある意味彼には自我がない。「寂しいな」などのつぶやきはあるが、男性にありがちな女性をコントロールしようとしたり、自我を主張して女性を裏切ったりしない。女性の思いを叶えるだけの男だ。女性の幻想としての男(=幽霊)なのだ。だから、次から次へと女性は彼に惹かれていく。してほしいことをしてくれるからだ。それが時にモラルに反したり、トラブルになったりもするが、それは彼のせいではなく、女性の側の問題だ。彼がなぜフラれるのかは、彼が幽霊だからだ。女性の思いを叶えるだけの存在であり、叶えられた思いはそれ以上に発展しない。女性を気持ち良くするだけの存在なのである。変わることを求められたりもしない。発展や変化はない。同じ場所にあり続ける。だから、恋は続かないのだ。そして、彼は誰のものでもない。女性の気持ちを癒す共通の存在であるのだが、誰かのものにはならないし、なれない。だから女性は彼を独占しない。独占しようにもできないとわかっているし、ある種の共有財産のようなものなのだ。だから彼と付き合った女たちは、同じ種類の女たちであり、仲がいいのだ。つまり、彼を介してつながった女性たちの物語でもある。だから、この映画は葛藤がない。ぶつかり合いがない。ニシノユキヒコを幽霊として感知し、理解しえない少女のみなみ(中村ゆりか)もまた彼の恋話を聞いているうちに彼に惹かれていく。

鳥、犬、猫が登場する。まるで女性たちと幽霊であるニシノユキヒコの間を取り持つ触媒的な存在であるかのように。少女みなみとの間には、犬のほかに犬の文鎮が登場する。

そして、この映画で特徴的に描かれる場所は出入り口だ。尾野真千子のマンションの出入り口が何度も登場する。カメラは同じ場所で出入りする男女を映し続ける。そのほか、マンションの扉や窓、そして居間の扉も何度も使われる。会社の出入り口、駅の改札口、家の玄関、庭や部屋の窓、葬式が行われる庭など、これらは中(内)と外の間を仕切る境界線なのだ。ニシノユキヒコは境界に居続ける存在であり、この世とあの世との境目に居続ける幽霊なのだ。カメラはそんな特徴的な場所の人々の出入りを引きの画面で撮り続ける。あるいは、改札口で尾野真千子が振り返ると、ニシノユキヒコはまさに幽霊のように消えていたりする。

そして二人で眠るシーンも多い。少女みなみの部屋でなぜか眠る幽霊のニシノユキヒコ。「幽霊も寝るのかよっ」という突っ込みは笑える。そして猫のような成海璃子と眠るシーンも印象的だ。尾野真千子や木村文乃との別れる場面は眠りの後だ。本田翼とはセックスよりも寄り添うように寝転がる。眠り=やすらぎ=仮死とも考えれば、いつも眠そうなニシノユキヒコと女性たちは死と再生を繰り返しているのかもしれない。本田翼と尾野真千子、成海璃子と木村文乃、ニシノユキヒコをめぐってのちょっとした諍いがあるが、本来の三角関係とはどこか違う。それはニシノユキヒコが何も存在を主張していないからだ。彼はただただ彼女たちのココロの隙間を埋めたに過ぎない。その隙間が埋まると、ニシノユキヒコは必要でなくなり、存在しなくなる。

そんな幽霊としてのニシノユキヒコと戯れる女たちは、どこか自慰的だ。関係が閉じているというか一方的というか。そのあやふやさが全体として不思議な印象を与える映画になっている。幻想は幻想としてあり続けるので、裏切らないし傷つかない。いつまでも女たちに取ってのいい思い出なのだ。

最後に、恋との違いを思い知らされ、涙を流す少女みなみのアップがある。考えてみれば、恋とは幽霊をするようなものなのかもしれない。幻想としての相手。こうあってほしいと思いたいだけの恋の相手。そして恋とはいつでも、その幽霊が幽霊ではいられなくなる。相手はニシノユキヒコのように思い通りにならない。そんな幽霊が実体としての男になって、それでもお互いが変わりながらも恋が終わらない時、恋はに変わるのだろうか。


製作年 2014年
製作国 日本
配給 東宝映像事業部
上映時間 122分
監督:井口奈己
原作:川上弘美
脚本:井口奈己
音楽:ゲイリー芦屋
主題歌:七尾旅人
キャスト:竹野内豊、尾野真千子、成海璃子、木村文乃、本田翼、麻生久美子、阿川佐和子、中村ゆりか、藤田陽子、並樹史朗、田中要次

☆☆☆☆4
(ニ)
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Yasuo  K   ( ヒデヨシ)

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