「穴」 小山田浩子

穴

第150回芥川賞受賞作。「奇妙な獣の後を追ううちに、私は得体の知れない穴に落ちた。」という帯の文章に惹かれて買って読んだのだが、これがもう大当たり!僕の大好きなヘンテコな小説です。そして傑作です。これは初めて川上弘美の『蛇を踏む』を読んだ時以来の衝撃の楽しさ。この『穴』の奇妙さを大絶賛したいと思います。

まずは文体。リズムが一定ではないのだ。会話が延々と続いたり、描写が微に入り細に入りダラダラと続いたり、そうかと思うと物語の時間が一気に進んだりもする。時間のリズムが一定ではなく、魚眼レンズの映像のような感じが面白い。

そしてなによりも最大の魅力は、日常が一瞬にして歪んだものになってしまうその異形なるものが介入してくるいびつさだ。雨に日に庭に出て水を撒いている義祖父の姿に我々はドキリとする。圧倒的な音量の蝉の声、コンビニではやし立てる子供たち、そして奇妙な獣の後姿と黒い尻尾。河原の草むらにあった穴。白い日傘とロングスカートの世羅さん、さらに引きこもりだという義理の兄の存在。異界なるものの登場の仕方は、川上弘美にも通じるものがあるが、この作家の歪みは、日常からの微妙なズレ方が面白いのだ。

表題作の『穴』はわかりやすいシュールさだが、単行本に収録されている連作短編『いたちなく』『ゆきの宿』の奇妙さも日常そのものの変哲のなさだ。全体として『穴』のような大きな違和感がない。ただどこかおかしい。いきなりの子作りのための精子検査の夫婦の会話から始まって、古い家屋の友人宅でいたちが出る話。そしてかつて実家でいたちを殺した昔話が語られ、いたちが出なくなったという小説『いたちなく』。さらに雪に閉じ込められて、友人宅に泊まることになる夜、水槽のアロワナに寝ていて押さえつけられた奇妙な夢を見る『ゆきの宿』。隣のおばあさんの存在もなんだか謎めいてくる。いたちと雪とアロワナと赤ちゃん、命をめぐる奇妙な物語。ただそれだけのとるに足らない日常の一コマから、些細な奇妙さ、不思議さが描かれる。

この奇妙な小説を読んで、僕はこういう変な小説が好きなんだなあぁとあらためて感じた。カフカ、内田百閒、安部公房、川上弘美、小川洋子、村上春樹。映画でも『マルコビッチの穴』とか面白かったよなぁ。日常の裂け目の一瞬の闇や異界との接触、これは「死」やパラレルワールドのような想像の異世界が「生の世界」「日常」に入り込んでくる面白さでもあるのだ。
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