『kotobaコトバ第15号―「食べる」って何?』

TPP交渉も大詰めを迎えている。食のグローバル化はある意味避けられないだろうが、これからどうやって日本が独自の食文化を守り続けられるかは、私たち消費者の意識にも関わってくる。食べることは「文化を食べている」のだと文化人類学者の西江雅之は書いている。

『kotobaコトバ第15号―「食べる」って何?』という雑誌をつらつらと読むと、食べることの奥の深さにあらためていろいろと考えさせられる。

エッセイストの玉村豊男は、「日本の食文化の豊饒はいつまで続く?」と心配している。

農業は食べるものを作る仕事である。だから人々は農業からスタートするのだが、そのうちにより付加価値の高い工業を知るようになると、工業で稼いだ金で食べるものを買うほうが自分で農業をやるより割りがいいことに気づく。そうして農業国は工業化によって「近代化」し、「近代化」した国では農業をやる人がどんどん少なくなる。割の合わない農業をやらなくなった国は、自分よりも貧しい国に農業をやらせて、そこから食べものを買うようになる。グローバル化とは世界的な分業の成れの果てで、地域格差の歪みをより貧しい国や地域に押し付けることにほかならない。


都会で就職がないと嘆いている若者は、全員、田舎に行って農家や漁師になれ、と玉村は言う。グローバル企業が世界の食をコントロールしようとも、その地域に一次産業が残っている限り、固有の食文化は変化こそすれ廃絶することはない。千年を超える食文化と数百年の歴史を持つ料理文化を貫く日本のDNAは、どんなに隠してもかならずどこかにあらわれる…と書く。


また、世界を食べ歩いた椎名誠は、「世界共通の幸せな食べものなんてない」と、アザラシの生肉と寄生虫を食べるイヌイットや、昆虫を食べるアボリジニなど、一様に粗末と思えるものでも、絶滅せずに生きながらえてきたのは、その土地で採れるものをそのまま食べているからだと書く。国ごと、民族ごとによって異なる食文化こそが、真の豊かさなのだ、と。

さらに石毛直道は、「食は人間関係をつくる重要なメディア」であり、料理をし、共食をする唯一の動物が人間なのだ、と書く。食を分配するという共食が、家族というものを強固に支えてきた。

ちなみに寿司の原型は、琵琶湖の鮒ずしなどの熟れずしであるとか、塩辛や魚醤、ナレズシと東南アジア料理との共通性や、韓国の唐辛子文化は日本から秀吉の朝鮮出兵とともに伝わったとか、興味深い各地の食文化の関係の指摘が面白い。

セックスは特定の人との親しみを深めるためのものだが、食は、家族を超えて人々と親しくなるためのメディア。昔から寄り合いや行事には共食がつきものだ。言語を使わないコミュニケーションの手段は食が一番である。食は栄養を満たして生存するためのものだけではなく、人間関係をつくる重要なメディアなのだと石毛は説く。

和食が無形文化遺産に登録されたが、じつのところ日本の食の最大の特徴は、何よりもその多様性にあると「雑食列島ニッポン」をテーマに高野秀行と内澤旬子が語り合う対談も面白い。

日本の家庭には、サラダオイルもオリーブオイルも、ごま油もある。そんな国は他にないという。豊かな食文化と言われるイタリアだって、パスタをまとめて茹でて冷蔵庫に作り置きして、アルデンテなんてわかっていなのだとか。ロシアでもボルシチ作ったら、何日も食べ続けるとか。日本人は毎日違ったものを、和・洋・中とチョコチョコ目先を変えるのが好き。確かに、日本人の食への貪欲さ、多様性は凄いよなぁ。

ちなみにミャンマーのシャン州には、日本と同じ納豆を普通に食べているという話も出てきた。ミャンマーの納豆、どんなものなのだろう?気になるな。

和食「菊乃井」の料理人、村田吉弘は、日本料理の特異な精神性について語る。

日本料理は自然に対するリスペクトの仕方が他国とは全く違う。食材を自然や神様からのいただきもので、素材そのもの自体で完璧なものであると考え調理するのだという。

素材のうちもっとも清いものとして水があり、日本料理はまずすべてを水で洗い清める。野菜や果物の硬い部分は、内側の柔らかい部分を守るためにあるものだと考えて、どんなものも皮をむく。大根だったら、皮をむいても辛味も苦みもある。これは本来のものを邪魔するアクだから、清き水に浸して、聖なる火であぶってみよ、と。アクが取れたら、「これで大根本来の味になった」と言っていただく。その時に、ごてごて味つけはしない。神様からいただいたものは完璧だから、人間ごときが味なんかつけてはダメ、というわけだ。味は添えるものだから、柚子味噌をすこしかける。これがふろふき大根だ。

神様からいただいた素材からアクなど余計なものを取り去って、いよいよ純粋な食べものにする、という考え方。まさに引き算の発想。こんな調理法は他国にはない。「肉に臭みがあるから、ハーブを入れよう。バターも入れよう」と、どんどん足していくのが西洋の料理なのだという。

自然や素材に対する日本料理の精神性が古来からあって、「いただきます」「ごちそうさまでした」という言葉にも表れている。食べものに対してどこまでも謙虚で、「あなたの命を私の命としていただき、大切に生き続けます」という意味で「いただきます」と言い、料理してくれた人、食事を運んでくれた人に対するねぎらいの言葉として「ごちそうさま」と言う。

そんな日本料理の精神性こそ、世界に誇れる文化遺産なのだろう。

ただ残念なことに若き料理人の一番人気は、パティシエ。そしてイタリアン、フレンチ、中華。和食を目指そうとする人はとても少ないのだという。

食べることは文化だ。各地域の独自の文化があることこそ、豊かな世界であるはずだ。その多様性こそが。世界のあらゆる場所で、マクドナルドのハンバーガーを食べ、スタバでコーヒーを飲み、ポテトチップスばかり食べるようになってしまったら、旅行する楽しみもなくなる。文化は時代によって変わっていきつつも、守らなければならない。そのためには、何を食べるかも考えなければいけないと思うのだ。

アメリカに住む町田智浩はドキュメンタリー映画からアメリカの食事情を書いている。アメリカの貧困層の子供たちはいつも飢えている。夕食はいつもシリアル。冷蔵庫は空っぽ。フード・インセキュリティ(食料不安)のなかで暮らす人々は全米で約5000万人もいる。貧困層の住民はみんな太っている。チップスやソーダ、ラーメン、缶詰などのジャンクフードばかり食べているせいだ。生鮮食料品が買えないのだ。野菜は高い。メガファームは手がかかる野菜をつくらない。金持ちだけが、オーガニック野菜を買える。政府の農業補助金は儲かる穀物生産にあてられ、穀物と加工品、チップス、シリアル、パスタ、パンの値段は安い。安いジャンクフードで空腹を満たし、炭水化物と糖分、つまり糖質摂取ばかりで貧困層の人々は肥満になる。十分食べているのに医学的に飢餓状態。体を維持するビタミンやカルシウム、鉄分を摂取できないのだ。加工食品には保存料や添加物の問題もある。認可されていても、そればかり毎日食べていたら危険な量に蓄積される。

儲かるもの(穀物)だけを大量に作り、世界に売り続け、自国民の貧困層は格差拡大の中で、野菜を買うことが出来ずに、栄養失調になる…。そんな食事情がアメリカで進行しているという。韓国も貿易自由化を推し進めて、農家の廃業が進んでいると言われている。儲かるものだけを作っていればいいのか。金で食のすべてが手に入るのか。食の文化はどうなるのか。グローバル化の中で、今まさに食のあり方が問われているのだ。

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