「ある過去の行方」アスガー・ファルハディ

イラン人監督アスガー・ファルハディは、家族(男女)の諍いを描き続ける。『彼女が消えた浜辺』は残念ながら見逃したのだが、消えた女性と残された数組のカップルの物語だそうだし、『別離』はまさにある夫婦とその家の家政婦夫婦の二組のカップルのトラブルの話だった。緻密な構成による会話劇で、物語の謎を解き明かしていく手法は見事というほかない。
舞台は移民が多く住んでいるパリ。イラン人の男がフランス人の別れた妻の元を訪れる空港での再会場面からスタートする。冒頭から素晴らしい。空港のガラス越しの交わらない視線、そしてお互いを認めての会話。台詞は聴こえないけれど、口の動きでお互いを理解する二人。この二人の微妙なやり取りがいい。そして突然の雨の音と車の中のシーン。そこで二人の関係がだんだんと観客に分かってくる。
イラン人の男アーマド(アリ・モッサファ)は離婚調停のためにパリに戻ってきた。そして子供たちと再会する。さらに家には初めて会った男の子がいる。どうやら元妻マリー=アンヌ(ベレニス・ベジョ)には、今つき合っている男性がいるらしいことをアーマドの驚きとともに観客も知ることになるのだ。男の子はその彼の子供だった。マリー=アンヌはその男性のことをメールで伝えたと言い、アーマドはそんなメールは受け取っていないという。嘘と真実がこんな風に交錯する。
観客にあらかじめ物語の背景を説明しない。登場人物たちの関係がわかる説明的な描写や会話がないのだ。登場人物のその場その場の会話や進行とともに、次々と関係や新しい事実が明らかにされていくのだ。その構成、展開が絶妙なのだ。
観客はアーマドとともに次々と事実を知ることになる。元妻と若い男サミール(タハール・ラヒム)との関係。サミールにはどうやら植物状態の妻が病院にいるらしいことをマリー=アンヌの娘リュシー(ポリーヌ・ビュルレ)によって知らされる。さらにその妻の病気に関することが次々と明らかになる。自殺とその原因。それは紛れもないサスペンス劇だ。劇的な事件など起きなくても、それそれの家族の思いや行動が過去のある真実を明らかにしていく。そして、それぞれの心の闇や戸惑いが次第に浮かび上がってくる。
映画は、ある過去の事実が明らかになったことで、何かが解決するわけではない。それぞれの人々がその事実を受け止めて生きていくだけだ。アーマドもマリー=アンヌもリュシーもサミールも。それぞれがそれぞれの道を歩むだけだ。劇中、それぞれが激しくぶつかり合うけれども、終わり方はいたって静かだ。どのような「過去」があろうとも、その受け止め方はそれぞれ違う。それぞれがそれぞれのやり方で、その「過去」を引き受けて生きていくしかないのだ。
やや技巧に走り過ぎたきらいもあるが、構成・展開は見事だ。ラストが意味するものは何か。ハッキリとした結末は示していない。それはそれでアリなんだと思う。
アスガー・ファルハディ監督「別離」レビュー
原題 Le passe (The past)
製作年 2013年
製作国 フランス・イタリア合作
配給 ドマ、スターサンズ
上映時間 130分
監督:アスガー・ファルハディ
脚本:アスガー・ファルハディ
撮影:マームード・カラリ
美術:クロード・ルノワール
音楽:ダナ・ファルザネプール、トマ・デジョンケール、ブリュノ・タリエール
キャスト:ベレニス・ベジョ、タハール・ラヒム、アリ・モッサファ、ポリーヌ・ビュルレ、ジャンヌ・ジェスタン、エリエス・アギス、サブリナ・ウアザニ、ババク・カリミシャー、バレリア・カバッリ
☆☆☆☆4
(ア)
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