「月と蛇と縄文人」大島直行

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刺激的な表紙の本だ。本屋の平積みでもひときわ目を引く縄文文化に関する本だ。

北海道の考古学者の一人である著者が、ドイツの日本学者ネリー・ナウマンと出会うことで、縄文人の精神世界、独特の世界観に興味を持ち、縄文土器や土偶にその世界観が投影されていると考えるようになった。これまでの考古学は、縄文文化の素材や製作方法など道具や施設に関する物質的・技術的な側面だけが議論され、どのような考えのもと、それらがデザインされたかという縄文人の精神性についての研究があまりなされていなかったと大島氏は指摘する。

縄文人はなぜ土器に縄で模様を付けたのか?縄文人はなぜ尖り底の土器を作ったのか?
なぜ土偶の口はポカンと開いているのか?なぜどの土偶も裸の女性なのか?
なぜ死者を穴に埋めるのか?なぜ地面に穴を掘って住む(竪穴住居)のか?なぜ百年ものあいだ貝殻を同じ場所に積んだ(貝塚)のか?なぜストーンサークルは円いのか?なぜムラ(住居の配置)を環状にするのか?

私は、縄文人のものづくりは、縄文人の思い付きや、合理的・機能的・経済的な発想によるものではなく、ユングの言う「元型」の一つであるグレートマザー(母なるもの)という心性に基づく「死と再生」のイメージから、さまざまな象徴が生み出され、それが基盤となって構想されたと考えたのです。


あらゆる事象を「死と再生」を象徴する月と蛇のシンボリズムに単純化して考えているような気もするが、興味深い指摘だ。

人間は、避けて通ることができない「死」から逃れるために、「再生」を希求する強い心性を持っています。それが「死なないもの」を次々とイメージし、象徴(シンボル)として確立するのですが、誰もが選び出した象徴が月だったのです。潮の満ち干をはじめ、世界中のあらゆる水を司る天体として月は崇められました。女性が身ごもるための精液までもが、月の水になぞらえられたのです。(中略)そして、人間だけでなく、生きるものすべてが月の水によって生かされるのであり、その水を月からもたらすのが蛇だと考えられました。そして蛇は、形などから男根になぞらえられたのです。月(子宮)と蛇(男根)は、「死なないもの=再生」の象徴に置かれ、それにまつわる様々な事象とも関連づけられています。


月と蛇につながる体系として、蛙、猪、鮫、貝、梟、熊、鯨。いずれも脱皮や冬眠、息継ぎ(鯨)、交換歯列(鮫)、三日月状の牙(猪)が再生・蘇りを象徴する根拠と考えるそうだ。また、石斧や石棒が単に蛇を象徴しているだけでなく、緑色の石が使われているのも「緑」が樹木の再生の象徴だからなのだとか。数字の「三」は月の相(三日月と新月前後の闇の数が三日)を象徴し、竪穴住居や墓、さらにストーンサークルや環状土籬、盛土遺構、貝塚、さまざまなデザインも、子宮を象徴していると大島氏は考える。土偶には、月の諸相や、月と同じ性格の女性や月の水を運ぶ蛇や蛙など、月に関係する象徴が散りばめられているという訳だ。

いささかこじつけのようにも感じられるが、「死と再生」のテーマ、月(子宮)や蛇(男根)のシンボリズムが、何らかの表現に使われていたことは想像しやすい。「死」の怖れからどのように逃れるかが人類にとって最初にして最も根源的な克服すべき課題なのであろう。

ミルチャ・エリアーデという宗教学者は、コロンビアのコギ族の葬儀とお墓について紹介している。「世界ー宇宙母神の子宮ーそれぞれの村、祭りの館、家、墓とを同一のものとみなし、シャーマンは死体を9回持ち上げる儀式は、妊娠期間の9か月を逆にさかのぼり、死体を胎児の状態に戻すことを意味する」のだという。

縄文人が死者を穴に葬るのは、合理性や衛生上の理由ではなく、大地に墓としてデザインされた子宮=母の胎内に遺体を帰すという意味が込められているのではと大島氏は推論する。死=再生である。

また縄文文化は北海道ではアイヌ民族に色濃く引き継がれている。アイヌ民族は、人間や動物・植物だけでなく、この世のすべてのものに「魂(いのち)」を認め、その役割を終えたときには、もとの居場所であった「あの世」に帰ると考えた。魂を「あの世」の送り返す儀式が「送り」だ。

自然との共生、死して自然に帰す(死=再生)という考え方が縄文人にもコロンビアのコギ族にもアイヌ民族にも共通する。それが月やら蛇やらという再生、循環して見えるものなどで象徴的に表現されたのかもしれない。そのような縄文文化は、大陸からやってきた「渡来人」と混血しながら弥生人が出現し、大陸の農耕文化によって土器にも変化が生じ、新たな弥生文化が発達した。一方で、北海道には本州ほどの弥生文化の変化は起きず、縄文文化は続いたと言われている。ただこれまで使われていなかった「熊」がシンボルとして使われるようになるなど変化は起きているのだという。

私たちは縄文時代から失ったものもあるし、引き継いでいるものもある。機能性や経済性を重視するようになった現代において、縄文時代の「野生の思考」はもう一度見直すべき価値があるのかもしれない。時代とともに科学や技術の進歩や発展は起きてはいるが、それがいいことばかりというわけではない。逆に失った精神性やマイナス面も多いのかもしれない。縄文時代の精神性にどこか惹かれる自分がいる。岡本太郎が縄文土器に心ときめいたように。それは経済成長の行き詰まりや震災や原発事故後の今だからこそ、よけいに興味深いテーマなのかもしれない。
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